16.12.07

ルネの家族

今週は、「ルネの家族3」のページから、ルネの家族の画像を紹介しましょう。マリージョセとの20年間にわたる愛と幸せについてのインタビュー記事の中で、ルネが話しているように、ルネの大好きなお母さん、ガブリエルさんは、1990年に再婚しています。その当時の写真や、リンの赤ちゃんを囲んで嬉しそうな家族の写真などもあります。

また、今週末の記事のアップ以降は、来年一月の末ごろまで記事のアップは、不定期、あるいは、アップがむずかしい状態になります。休暇で家を留守にしてしまうためです。みなさま、どうぞ素敵なクリスマスと素晴らしい新年をお迎えくださいませ!

Passion Rene et Nathalie Simard のルネとナタリーのアルバムからの懐かしい家族の画像を紹介します。Rare photos of Rene's family from passion rene et nathalie simard album "Rene et Nathalie".
レジス、マーチン、
ジャンロジャー(アレクシス)
ナタリー、リン、ルネ
Regis, Martin, Jean Roger (Alex),
Nathalie, Lyne and Rene
お母さんの再婚した時の写真(1990年)

1987年のシマールファミリー
Simard Family in 1987.
1987年 
1987年のルネ、ナタリー、お母さん
Rene, Nathalie and Maman Simard in 1987.


1980年のルネ、ナタリー、お母さん
Rene, Nathalie and Maman Simard in 1980.

ルネ、リン、ナタリー、リンの赤ちゃん、お母さんのガブリエル、
ジャンロジャー(アレクシス)
Rene, Lyne, Nathalie, Lyne's baby, Gabrielle and Jean-Roger(Alex)

レジス、ナタリー、ルネ。(1974年ぐらい?)
Regis, Nathalie and Rene in 1974?

 レジス、ナタリー、マーチン?、ルネ
Regis, Nathalie, Martin? Rene
ナタリー、ルネ、リン(1972年)
Nathalie, Rene and Lyne 1972







8.12.07

雑誌7joursのルネとマリージョセの写真 と記事

記事の内容は、ルネとマリージョセの結婚20周年を迎えての二人の愛についてのインタビュー。その内容は、前回アップしていますのでご覧ください。


2.12.07

ルネとマリージョセの20年の愛と幸せ

今週紹介するのは、「ルネの家族2」のページにアップしたルネと奥さんのマリージョセの先月11月15日の雑誌7Joursのインタビュー記事です。ルネとマリージョセがこれまでの20年間の二人の関係とこれからのことを子どもの話も交えて話しています。

私の中でのルネは、まだまだ13歳のころの姿がチラチラとしているので、現在46歳のルネが、マリージョセのパートナーとして、また18歳の息子オリビエと16歳の娘ロザリーの父親としての考え方や接し方を話したりするのを読むのは、新鮮というかなんだか胸がドキドキしてしまうのです。そして、ルネの言うことにいちいち感動してしまうのです。ルネは、大人になってしっかりしていることを言うのだなあと!
そういっている自分も大人になったのは同じなのですが(笑)。ルネがしっかりしていたのは、子どもの時からずっとだと思うのですが、しっかりしていることを素敵にお話していて嬉しくなりました。

このサイトを読んでいてくださる皆さんもきっと同じように思うのでしょうね。いつも記事だけをアップしているのですが、今回は少し自分の気持ちなども入れてみました。皆さんも、この記事や他のページを読んで感じたことを書いてくださると大変嬉しく思います。では、記事をお楽しみくださいね!


ルネとマリージョセの20年の愛と幸せ
Marie-Josee Taillefer and Rene Simard
20 years of love and happiness

今年の8月に結婚20周年を迎えたルネとマリージョセが語る二人の愛について
Rene and Marie-Josee talk about their love and relationship


熱烈な恋をする若者たち。ルネとマリージョセの場合には、結婚後20年経った今でもそのような恋をしている関係にあります。深く結ばれた関係についてお二人にお話していただきましょう。


マ リージョセとルネ、お子さんが大人になりつつある中、お二人はどのようにお過ごしでしょうか。

マリージョセ:子 供が大人になって行くと、大切にしていたものが持って行かれたようで、カップルの関係もむずかしくなってくる場合があります。でも、私が、「グローサー」 の番組を辞めたことで、ルネともっと一緒にすごすことができるようになり、二人の関係が素晴らしいものだと改めて感じています。


ルネ:僕 たちは、一緒にいろんなことをしています。周囲には、別れてしまうカップルがいますが、その人たちのことについては、何も意見をいうことはありませんが、 ただ、自分たちの場合は、問題もなく仲がいい関係でいるので幸いです。でも、これからも、全く問題が何も起こらないというわけにはいかないかもしれませ ん。


マリージョセ:うまくいっている関係の秘密というものはありません。セリーヌデイオンは、自分の歌の中でこのように唄っています。「渡しが貴方を愛したのは、たくさんの美しい瞬間があったから。でもそれだけじゃ ない。難しい瞬間や時間があっても貴方を愛したのよ。」
時間というのは、カップルにとって難しいことであると思います。苦しいことがあった時には、そのこと で二人は、別れてしまうかもしれません。でも、ルネと私は、そのようなことがある度に歩み寄って助け合いました。そうしてきたのは、私達がお互いをただ愛 しているからです。


辛い試練に会うと多くのカップルの絆が壊れてしまうということは、本当ですね。

ルネ:それは、僕たちの場合にも起こる可能性のあることでした。これどもそんな時は、子供たちも含めてみんなで何でも一緒にしました。セラピーに行ったりもして、家族の間で互いに傷つけあうようなことはしませんでした。僕たち家族の絆は以前よりもっと強いものになっています。

マリージョセ:人間は、異なった考え方をしたり、異なる方向に向かいます。これども カップルの二人が同じ物がスキであったりすると、二人は、もっとお互いが必要となります。


ルネ:そ うですね。二人の考え方や好みがまったく違うカップルもいると思いますが、そのようなカップルでも気が合うのだと思います。僕たちは、考え方や好みが同じ なのです。年齢を重ねてくると、もっと二人でいる親密な時間がほしいと考えています。これは、何物にも代えられない愛です。自分勝手なことなのでなく、相 手を想うことなのです。

二 人のお子さんについて少しお話してくださいませんか。将来についてどのような計画があるのでしょうか。

ルネ:オリビエは、今、Cégep(ケベック州のみにある高校卒業後に入る一般および職業学校)に通っています。そこで、工業電気技術の勉強をしています。将来は、このことに関した仕事をしたいようです。そんなオリビエは、大きな誇りです。
マリージョセ:ロ ザリーは、今、高校にいますが、卒業後は、Cégepで、アートの勉強をしたいようです。ロザリーは絵を描くのです。とてもビジュアルな子どもでどんな小 さなことにも目がいきます。きっと装飾か衣装関係の仕事をしたいのでしょう。彼女は、舞台などのシーンから得られるエネルギーがとても好きなのです。
ルネ:僕たちは、子どもたちをとても誇りに思っているのです。


お子さんたちは、お二人のような両親を持って、嬉しいことでしょうね。

ルネ僕たちは、二人のことに責任がありますが、二人を信頼しているので、必要なときだけ手助けをします。何から何まで面倒をみるということではないのです。

マリージョセ:私達の仕事のスケジュールは、とても都合が良かったのです。そのことは、とても幸運なことだと思います。私が仕事で忙しい時には、ルネが子どもたちのそばにいる時間がありましたし、ルネが忙しいときには、私が面倒を見ることができたからです。

ルネ:僕たちは、子どもたちのことを心から愛し努力して育ててきました。今は、子どもたちが毎日のように彼らの愛を僕たちに与えてくれています。18 歳のオリビエが学校に出かける前に、僕を抱きしめて「いってきます」の挨拶をするとき、僕はいつもとても幸せに感じるのです。オリビエは、僕より背の高い ので、その幸せは尚更です!(笑っているルネ)ロザリーについても同じことが言えます。ロザリーも僕たちととても親密にしています。

お二人の結婚記念日は、特別なことをして過ごされましたか。
マリージョセ:その日は、ケベックに出かけてルネが制作を手がけた「ナイトフィーバー」の初日を観ました。ロザリーとロザリーの友人たちも一緒に出かけました。
ルネ:その3日後には、家族が一緒にいることが好きなので、家族そろってクルーズの旅に出発しました。僕の年齢になって思うのですが、人生の中での素晴らしいプロジェクトは、心の平和を持つことだと思うのです。


お二人は、いつも一緒にいることが幸せなのですね
マリージョセ:愛 というのは、尊敬ということでつくられているのだと思うのです。私は、ルネを尊敬しています。ルネの持っている人間性と仕事へのプロフェッショナルな姿勢 が大好きです。尊敬している人があるなら、その人と一緒にいたいと思ったり、その人の話を聞いていたいと思うでしょう。ルネも私も完璧な人間ではありませ んが、お互いのことを尊重しあって受け入れているのです。

ルネ:お 互いのマイナス面を受けいれることも素晴らしいことです。そのことで気まずくなったり、傷つけ合ったりするべきではないのです。お互いに何か素敵なことを 育て上げるのです。それは、愛です。子どもたちは、楽しくしている両親をみるのがうれしいのです。先日、オリビエが僕とマリージョセに、僕たち二人が巡り 会えることができてとても幸運だと言いました。そしてオリビエ自身も愛する人に巡り会えるのを楽しみにしていると。このようなことをもう理解しているオリ ビエは、素晴らしいとおもいます。

マリージョセ:私も、自分の両親の例をみてきました。両親は、もう46年も一緒にいます。
ルネ:僕のサイドでは、(両親が離婚してそれぞれに再婚したので)子どもたちには、2組の祖父母がいます(いました)から、その恩恵に預かっています。母の方は、再婚してから20年たっていますが、幸せそうです。そして父の方は、2年前に義理の母が亡くなるまで一緒でした。

マリージョセ:幸福を感じる許容量は、両親から受け継いだと思います。今、私は、自分の人生はずっと幸せであると言うことができます。私達は、自分が幸せなのか幸せでないのかを知って、もし幸せでないのなら、何をするべきなのか考えることが大切なのだと思います。

20年後のことをどう考えますか
ルネ:僕は、将来の自分自身を想像したくありませんね。。。!
マリージョセ: 20年後を考えるのは、恐ろしいことですね!私 は、また歌の歌詞から引用します。この歌は、Daniel Bélangerの歌です。「今日、私は、あなたを永遠に愛しています。明日は、もしかしたら(年老いて)二人の頭がおかしくなっているかもしれない。で も、今日、私は、あなたを永遠に愛しています。」という内容のことを歌っているのですが、でもそれだからといって、これからのことを計画するのをやめるこ とはできないでしょう。


ルネ:これからも二人が いっしょにいることは、僕たちにとって大切なことです。僕は、ガーデニングがとても好きですが、このことを、庭に例えることができます。花を咲かせるため には、15−30−15が必要で、根をつかせるには、20−20−20が必要ですから(笑)。僕は、ロマンチックなので、誘惑的なことや、 キャンドルのあるデイナーの方が好きです。

マリージョセ:そ うなんですよ。私達のデイナーは、たいていキャンドルを付けて楽しみます。子どもたちといっしょのときもそうです。ルネと私は、素敵な雰囲気をつくるのが とても好きなのです。そういうことは、重要なことではないと思う人もいると思いますが、私達には、大切なことなのですよ。



インタビュー記事は、以上です。


お楽しみいただけましたように!グループには、今週日本のファンの方が一人入会されて、グループのメンバーは、26名となりました。日本のファンの方は、これで計9名となりました!これからも、新しいルネのファンとの1974年ぶりの「再会」を楽しみにしていたいと思います。


nekonomiminoura
passion rene simard au japon グループオーナー

24.11.07

「栄光の一時間」のルネの様子

あいかわらず「栄光の一時間」の番組で、活躍しているルネですが、そんなルネの様子を雑誌「7Jours」が紹介しています。今週は、その記事をアップします。
記事の後に、この番組の様子がわかるビデオ映像のリンクも紹介していますから、
司会をしているルネの姿と出演者の様子をお楽しみに!

栄光の一時間」のルネの様子

雑誌7joursの記事から

Rene at L'heure de Gloire

from 7 jours magazine article

from passion rene et nathalie simard photo album

merci beaucoup beaucoup!


ラ イドショースタイルで楽しむ「栄光の一時間」。司会だけでなく時間を調整したり、振り付けやアシスタントデレクターとしても番組で活躍するルネは、毎週金 曜日の番組を素晴らしい内容にしています。


8時52分:スタジオに入る前には、かならず音響の部屋に行って、そこにいるスタッフと挨拶をするルネ。今夜は、デレクター、Luc Siroisのアシスタントの Sandrine Boulangerに挨拶を。


8時55分:バックステージに到着したルネ。数分前に来ていた番組の出演者と挨拶。


番組中は、出演者といろいろな話を。 楽しい笑いやユーモアのある話で盛り上がります。

9時47分:出演者の二人のパフォーマンスが終ったあと、二人についてのコメントを訊くルネ。



ルネが現在司会として活躍しているテレビ番組の一部がyoutube で紹介されています。

1. 11月16日の放送分
http://youtube.com/watch?v=eSfVInBIzhg

2. 栄光の一時間初回に登場した3人組のオーデションビデオから

http://youtube.com/watch?v=PN_xWLwGUIs&feature=related

3. とってもかわいらしい娘さんとお父さんがステージに!
二人の様子に胸がいっぱいになりますよ!
http://youtube.com/watch?v=wSZCO231Lxk&feature=related

17.11.07

 Growing Pains 1979年のルネの記事から。

今週は、先週に紹介した「ルネシマールショー」についての新聞記事に続き、その一年後の1979年の記事を、グループサイトの「日本を離れてからのルネ2」のページより紹介します。

アメリカとカナダの英語圏で、活躍をはじめていたルネですが、より国際的なスターとなるために必要な英語でのヒット曲がでない状況、大人っぽさを強調するようになった「ルネシマールショー」の様子、またルネのこれからについて、ルネの周囲の人たちが語っている内容の記事です。



Growing Pains

Rene Simard suddenly faces an uncertain future


この記事は、1978年10月のトロントスター紙の「ルネシマールショー」の記事から約一年後の1979年、ルネが18歳のときの記事です。苦しみが大きくなっていく。突然予期できない将来に向き合っているルネシマール」

newspaper:unknown

writer: jeani read

記事提供:passion rene et nathalie simard
merci, gisele et group!

今年、私達は、カナダのテレビ界のスター、ルネの活躍を楽しみにしているはずだったのです。ルネは、北アメリカでレコードをヒットさせ、アメリカでのバラエテイショー、そして、最後には、国際的なスターになるはずでした。


昨 年、ルネシマールのCBCテレビのバラエテイショーでは、ルネは、ジャンプスーツをきて飛んだりはねたりという感じでしたが、今年は,洗練されたデザイ ナーの衣装を着ています。テーンエイジャーが叫んでいるシーンも少なくなりました。その代わりに、もっとクラッシックなポップソングが増えたのです。デイ スコルネも加えられ、スタジオには、デイスコバーのセッテングがあり、独身の若者としてのルネの日常を描くシーンもあります。


ルネシマールは、成長して、CBCのネットワークテレビの枠も超えました。18歳になったルネは、2年の間、CBCの最も人気のあるバラエテイショーのスターであり続けています。次のシーズンには、スーパースペシャル番組に移る予定です。


ルネにとってこの2年間は、とても大切なステップでした。とマネージャーのgcは言います。けれどもルネは、まだとても若いので、あまりテレビに出過ぎたりしてルネの名前を売り出しすぎるのは危険なことなのです。


「ルネシマールショー」でのルネ。
ゲストは、アンデイウイリアムス


ルネは、英語圏のカナダで知られるようになる以前からから、ケベック州では、大スターでした。ルネが10歳のときの1971年に、最初のアルバムが出され、162, 000枚もが売れました。アルバムを買ったのは、主に、小さくてとてもかわいらしい合唱団の少年を拒みきれなかった母親たちが買ったのでした。その後、ル ネは、その母親たちの娘にも人気が出るようになったのでした。21枚ものルネのフランス語のアルバムは、百万枚以上も売れ、3つの映画はトップヒットにな り、コンサートのチケットは、売り切れになるという状況です。そして今年、1979年は、成長したルネが北アメリカの音楽業界でどのぐらい活躍できるかど うかという年なのです。

けれども、ルネが出した英語のアルバムは、現在までで一枚だけです。これは、スタンダードなポップスのコレクショ ン集で、主に英語圏のカナダで、20、000枚ほどが売れただけです。そのアルバムを出したカナダのロンドンレコード社のGary Chalmer氏は、こう言います。「ルネは、とても才能があり、生まれながらにしてのショーマンである。ルネは、若い子たちに人気があるけれど、このア ルバムは、ルネらしいものではなかった(のであまり売れなかった)」

アメリカの大きなレコード会社との契約が予定されている。とgcは言 います。そしてルネのオリジナル曲で新しい英語のアルバムを発売する予定なのだと。もしこの契約がうまくいけば、多分来年の秋に発売になるでしょう。そし て、ABC ネットワークは、ルネとの契約を3年目も続けるようです。ルネがアメリカで人気が出れば、契約をさらに延長する予定です。

ルネにヒット曲を出さ せ、トップチャートにルネの名前がでることがルネの周りにいる人たちの一番の目標になっているのです。ルネには、ヒット曲がでないけれど、テレビでは出来 る限りのことをしてきた」とCBC テレビネットワークで「ルネシマールショー」の制作をしているプロデユーサー、Alan Thicke氏は言っています。「ルネには、大勢のファンがいるし、プロダクションもしっかりしているし、そしてルネには、才能と可能性があり、ダニーオ ズモンドやレイフギャレットなどよりもずっと自然な素質があるのです。ルネは、若くて時間にも余裕があるのですが、でも、今ルネは、ヒット曲をだす必要に せまられているのです。」

「 ルネシマール スーパーキッド」ショーでのルネ。Diane CarrollとSandy Duncanとのダンスシーン。(1976年)


ルネのヒット曲をださなければならないことについて同じ考えです。けれども、ルネが周りの大人の考えに同意しな い場合には、その機会を見つけるのは、むずかしいことです。「僕のキャリアのためには、何か新しいことをしてみてもいいと思うのです。」ルネは、熱心に言 います。「リスクがあるかもしれません。でもおもしろいことでもあるでしょう。もしリスクを恐れているだけなら、いつまでたっても同じ場所や状況にいるだ けです。」


gcによると、ルネは 百万ドルを超える財産を築き、お金の面では、恵まれている状況にあり、だれもがあこがれるダニーオズモンドと同じぐらいにうまくいっているそうです。ルネ の更なる成功をにぎっているのは、ルネにぴったりの曲を探すことなのです。「トップ40のチャートに入るシングルレコードがルネには、必要なのです。」と Alan Thicke氏は、言います。ルネが好んでいる曲は、キャットステーブンス、バリーマにロウ、そしてビージーズなどが唄うような曲です。ポップデイスコの ような曲調の曲がルネには、合うのでしょう。

このシーズンのルネシマールショーを観ていると、このような曲を多く唄うようなプログラムに 変わっています。でも調査によると視聴者の3分の1しか、ショーの内容または、ルネ自身が変わっていることに気がついていません。ルネの身長が4インチ (約10、20cm)も伸びていること、少年から大人の男性のようになってきていること、そして、ルネのベルリッツスクールの英語も以前よりもずっと上手 になっていて、英語の歌もスムーズになっているにも関わらずにです。それから、おかしなジャンプをしたりすることもやめ、ベイシテイローラーズやシルバー ズのような幼稚なゲストの代わりに、コニーステーブンスやバレリーハーパーのような大人のゲストを呼ぶようになりました。

ルネは、このよ うなショーの落ち着いたペースがスキだと言います。「僕はとても批判的なのです。以前の自分のショーを観たとき、「この子は、とってもイライラする嫌な子 だ。」と思ってしまいました。 「ショーは、とても神経をつかうデリケートなものです。僕と同じ年齢層の人たちがみているのですから。ですから僕は、自分らしくしなくてはならな いんです。」といました。ルネは、スキにならずにはいられないような魅力で、ニコッと笑いました。


ロサンゼルスでMerv Griffin Showに出演したルネ。
(1974)


フィラデルフィアで「マイクダグラスショー」に出演したルネ(1975年)


ラスベガスで活躍していたピアニスト、リベラーチェとルネ。ルネは、リベラーチェのラスベガス, ヒルトンホテルでのステージにゲスト出演しました。(1976年)

この4つの画像は、 ルネとナタリーについての本、Rene & Nathalie Simard: Les Enfants cheris du Show-Bizz (by Danielle et Claudine Bachand) 1983年より

本の裏表紙にある画像
左から、ナタリー、ダニエル、ルネ、クロデイーヌ

クロデイーヌとダニエルバチョーは、姉妹で、ルネのデビュー当時から、付き人をしています。現在でもクロデイーヌさんは、ルネの事務所で働いているとのこと。(現在のクロデイーヌさんについては、シャンタル博士情報です。)


アメリカでは、(マイ クダグラスショーやdinah!などの)トークショーでルネの若々しい魅力が紹介されました。そしてマイアミやラスベガスのホテルのステージの上でも。 「アメリカでのルネのコンサートは、まだあまりしていない。」と Thicke 氏は言います。「これは、私の個人的な意見ですが、ラスベガスはルネにとって特別に格好の場所ではないと思います。ルネは、がラスベガスでショーをした時 には、有名なピアニストであるリベラーチェのステージに出演してルネの評判はとても良かったのですが、そのステージは、ルネ自身のものでなく、他の人のス テージであり、ステージの設定もルネのための設定ではありませんでした。ルネは、あくまでも他の人のステージの一部分として出演したにすぎません。ルネ は、一人のパフォーマーとして自分を作り上げなくてはならないのです。けれどもルネがレコードをヒットさせなければ私達がルネのためにできることはあまり ないのです。」

11.11.07

「ルネシマールショー」当時のルネ 1978年10月

 「日本を離れてからのルネ」のページから、今週アップした1978年10月14日付けのトロントスター紙のルネの記事を紹介します。

この記事は、グループの活発なメンバー、ローラさんが持っていたものでした。この当時ルネは、17歳。カナダの英語圏で放送されるテレビ番組をバンクーバーのスタジオで収録する忙しい毎日を過ごしていました。この記事には、番組 The Rene Simard Show「ルネシマールショー」のこと、英語での収録に苦労したり、大人になりつつあるルネの様子が書かれてあります。

記事の後には、グループのメンバーであるシャンタル博士がyoutubeで紹介しているルネシマールショーの映像のリンクもありますので、記事と合わせてお楽しみくださいね。

この当時のルネの様子は、私にとって、とっても知りたかったことだったので、この記事をドキドキしながら読みました。日本時代から3年経ったルネの様子をみなさまにもそんな気持ちで楽しんでいただけると嬉しいです。




毎週ヒゲを剃るようなって、成長したルネ
大人っぽくなったスーパーキッドは、背の高さもダンサーと同じになりました。

トロントスター紙  Sid Adilman
バンクーバー発 1978年10月14日


午前9時30分、バンクーバーのCBC の建物の外には、 午後6時から配布、そして8時から入場の無料のチケットを待っている女の子たちが、ガムをかみながら待ちきれない様子でいます。

トロントスター紙の記者をその建物まで連れてきたタクシーの運転手は、「あのカエル(フランス人)の男の子をケベックに送り返してくれ!」と言いました。

モントリオールのla presse 紙は、「彼は、ピエールトルドーの擁護者である。」と厳しい調子で非難しています。


CBC−TV のバラエテイのチーフ、ジャックマックアンドリュウ氏は、彼のことをこのように言います。「彼は、私が今まで一緒に仕事をした中で最もプロのパフォーマー である。そして彼は性格が良くて癇癪をおこしたことが一度も無い。少し癇癪をもったほうがいいと言っているぐらいである。」

バンクーバーのCBC広報課のレグジェサップさんは、建物の周りに朝から列を組んでいる女の子たちを見て「やれやれ、あいつがバンクーバーにもどってきたから、どこにでも女の子たちがいるようになった!」と言っていました。

怒りや興奮で満ちあふれているようでした。この男の子は、パンクロッカー?!
いいえ、この男の子は、CBCTVとその2百万人の視聴者のために、番組の続編を収録に戻ってきたスーパーキッド、ルネシマールのことです。

彼は変わった。


新しい続編では、ルネはもうキャンデーストライプのジャンプスーツをきたり飛び跳ねたりは、しません。ルネの近くに行くと少なくとも一週間に一度ルネがヒゲを剃っていることがわかります。成長したルネがカジュアルスーツをきてカメラの前に立ちます。そして、ホテルの喫茶店では、ジーンズで。

「僕 は、自分がスターであるという気がしません。」ルネは、落ち着いて言います。「スターである人はいないと思うのです。なぜかというとスターといえるのは、 パーフェクトでなければならないからです。そして僕はパーフェクトな人間ではありません。バンクーバーでのTVのショー番組 でもたくさん直さなければならないことがあるし、自分自身のことについてもそうです。」

ケベック州では、9歳のときからプロとして活躍し ているルネですが、カナダの他の州ではまったく知られていませんでした。マックアンドリュウ氏は、「ルネは、アベマリアを歌っていた天使の歌声のボーイソ プラノの男の子でした。昨年ルネのショーを始めた頃は、初めての変声期が始まっていたころでした。そしてその後収録がはじまってからルネの声がハーフトー ンも落ちていることがわかったのです。」

少しずつジャンプスーツは、三つ揃いのスーツに変わり始め、8ヶ月をすぎた今は、カジュアルなル ネに変わり始めようとしています。「ルネは、私にもマネージャーにも言わずに前髪を切ってしまったのです。」とクロデイーヌバチョーは言います。彼女は、 マネージャーであるgcの代理人でgcが8年前にルネのマネージメントをはじめて以来ずっとルネの世話係としてルネといっしょに行動しています。

「ルネは、ほんとに私の目の前でぐんぐん成長しているのがわかります。」とクロデイーヌは、ため息をつきます。「ルネが成長していくのは、小さな頃からずっと近くにいてルネをみてきた私にとっては、少し寂しいことでもあります。」

結 局のところ、ルネは、もう17歳なのです。そして、キャメロという自分の車があり運転もしています。Gcによると、ルネの年間所得額は、400,000ド ルにもおよびます。これは、TV番組や、ケベックでのレコーデイング、ペプシカナダのスポークスマン(広告)そしてコンサートなどからの所得です。

高額なおこずかい


カナダの典型的なテーンエイジャーとはまったくちがい、ルネのおこずかいは、しゅうに100ドルです。残りのお金は銀行に預けられます。これは、法できめられていることであり、18歳になるまではこのようにルネのお金が管理されます。

ル ネのイメージをつくりあげようとしていると非難されているマックアンドリュウ氏は、「イメージをつくりあげる問題ではない。ルネの成長に応じてルネのイ メージをだしているだけである。今のルネにジャンプスーツを着させるのは、とても可笑しすぎる。衣装担当に頼んでいることは、ルネの衣装が大げさになった り派手になったりしすぎず、すこし普通のものにしてほしいということだけです。今の子供たちは、ただジーンズだけをはいているのではありません。デイスコのせいで、もっとコーデネイトして洋服をきるようになったのです。」

CBC バンクーバーの衣装デザイナーは、テーンエイジャーのTVスターの衣装には慣れていなくて、ルネにどんな衣装を着せていいのかよく理解していませんでし た。ですから、ルネとクロデイーヌがあまり好んでいないコーデイネイトした衣装(新しいデイスコのセットに合った色で、前回のショーに出演していた若いダ ンサーたちが着ていたような衣装)をデザインしてルネに着せていたのです。ルネは、与えられた衣装を自分なりに工夫してオープンシャツをきたり、スカーフをしてみたりして着ていたのです。

ルネは、数年前にロサンジェルスでジャズダンスを習っている間に、英語を学びました。ですからそんなルネにだれも、ショーをどうしたいのか、ショーのなかで話したいことは何か、訊こうとする人はいませんでした。

ルネには、他の人が考えたショーのための会話が用意されていました。
ルネにとって英語でおしゃべりをすることは、そんなに簡単なことではありませんでしたから、ルネが失敗してしまうたびに収録のし直しがたくさんあり、ルネを見るために一日中待っていた女の子たちも疲れてしまうほどでした。

ショー のプロデユーサー、アランテイックが一休みの合図をするとルネは、「むずかしい、むずかしい」と自分で繰り返していました。緊張をほぐすためにルネは、会 場の観衆にアルエットの歌を教えて一緒にうたっていました。その様子をカメラが撮っていなかったことは残念です。なぜならルネの様子は、リラックスしてい て最高の瞬間だったからです。

後になって、ルネは、シリーズになっているショーの収録がどんなものであるかを知らなかったことを認めています。そして特に、ショーの制作の費用やアメリカ人のゲストを起用するために、ショーの収録を一度にたくさん行わなければならないということを。

急がされている気がする

「去 年は、とても急がされていました。」とルネは言います。「ですから今年は、去年のようなやり方ではやりたくないと言ってあるのです。去年は、2週間と ちょっとの間に10本のショーを収録しなくてはならないほどでした。そしてそれ以前には、3日間でその全てのショーで唄う歌の録 音をしなくてはならなかったのです。信じられないくらい大変なことでした。僕は人間です。声も大切にしなくてはならないのです。だから忙しくて頭がおかし くなりそうでした。一度など、僕に何もいわないで、他のみんなが一休みして、コーヒーをのみにでかけていってしまったこともありました。その間僕は一人で 仕事をしていたのです。」


マックアンドリュウ氏によると、「ルネは、129曲の英語の歌を覚えなくてはならなかったのですが、それは、英語を母国語としていない人にとってはとても大変なことです。去年の仕事のスピ−ドはとても早すぎました。今年はもっと時間がありますから少し楽になりましたが。」

「でも考えてみてください。ルネは、私達のショーの仕事だけをしているわけではありません。ツアーしていろいろな場所を旅行したり、学校にいったり(グレード12。日本の教育システムでは、高校3年生ぐらいですね。)、モントリオールでの仕事も持っているわけです。」


「ショー ビジネスの世界では、子供のスターは、大人に利用されるとよく言われますが、ルネの場合は少しちがうかもしれません。ルネのマネージャーのgcはいつもル ネのそばにいます。仕事に関係しているマネージャーのような人は、どんな仕事の内容にしたいのかを決めたいと思うのは当たり前のことでしょう。ルネのマ ネージャーは、自分の仕事をきちんとしているだけのことなのかもしれません。」バンクーバーで、ルネはこの話に同感しています。


「英 語を話すことは僕にとってとても新しい経験であり、英語でゲストを紹介したりすることにも慣れていませんでした。ゲストの名前さえ正確に言うこともできま せんでしたから、とても申し訳なく思いました。だれも何もいいませんでしたが、僕はちゃんと英語を話したかったのです。それから(英語圏で)ヒット曲を出 したいと願っています。ケベックでは、(ヒット曲がありますから)気分がいいのですが、カナダの英語圏では、そんな気持ちになれません。」

皮肉にも、ルネは、英語でのヒット曲を出さないままでTVのスターになってしまいましたが、来週、RCAカナダと契約を結ぶことになっています。契約の中には、ルネの曲のための作曲家や作詞家もRCA が提供することになっています。
そして、来年の春には、毎週のTVショーを辞めたいといっていたルネですが、あと一つのシリーズを続行させたいと願っています。CBCは、ルネを疲れさせることなく、来年ルネのスペシャル番組をいくつか制作したいと考えています。
若いけれどもお金持ち

18 歳になると、ルネはお金持ちになります。ルネは、ショービジネスから引退するのでしょうか。「いいえ、絶対そんなことはありません。」とルネは微笑みま す。「ショービジネスは僕にとって、麻薬みたいなものです。一度するともっと必要になるのです。(もちろん僕は麻薬をしませんが!)2週間ぐらい家族に合 える時間があるとき、とても嬉しいです。けれども何もしないでいるのは辛いことです。僕には、何か楽しみにしていることが必要なのです。休暇の後に何か準 備することが必要なのです。」


ルネは、ケベックで英語圏でルネがTVショーをしていることについての辛辣な批評をどう感じているのでしょうか。

「ケベックで批評家が何を言っても僕は気にしません。ケベックのフランス語のTVのネットワークは、僕にショー番組をしてくれと頼んだことはなかったのですから。」

マックアンドリュウ氏が、去年(ケベックの)CBCのラジオカナダにルネシマールショーのバイリンガル版(フランス語版)を制作してみないかと持ちかけましたが興味を示さなかったそうです。


「ケ ベックのフランス系のパフォーマーも、英語系のネットワークでのこのようなショーの仕事をしたいと思っているのです。そのためなら、ひざまずいて頼むで しょう。そんな人たちは僕がこのショーの仕事をしていることに反感をもっているのかもしれません。なぜなら英語系のネットワークからこのような仕事を頼ま れなかったからです。僕は、ある人たちのように政治的ではありませんから。」

「もしある日、僕がカナダよりアメリカで人気者になってもアメリカには住むことはないでしょう。そんなことはできません。カナダの人たちを失望させられません。僕の住む家は、いつもカナダにあり続けるでしょう。」

何人かの批評家たちは、ルネが英語系のネットワークの仕事をしているのはカナダ統一についてのCBCの考えだと言っています。


ル ネがケベック出身という事実は、偶然ということにすぎない。」とマックアンドリュウ氏は、言っています。フランス語のアクセントがあるので、ケベック出身 ということは、ルネという人を少し異国的または、ちょっとちがったフンイキの人に見せている程度です。去年、7月1日に雨の中、オタワで唄うルネを、 800万人の人が観たのです。ルネが人気者になるということが一目瞭然でした。ルネの人気が(英語圏で)でるのは、もうすぐなのです。

「60 年代は、ルネシマールが人気になるという状況はどこにもありませんでしたが、70年代は、もっと伝統的または控えめな時代です。少女たちがルネを愛し、母 親の年代の女性たちは、自分の家にいる誰かを愛するようにルネを愛するという具合です。ルネは、若い十代初めの女の子、そしてもっと年代の上の30歳から 50歳ぐらいの女性たちに人気があるのです。」


「今 年は、ショーのダンサーをもっと若い年齢の人たちにしたのです。リサーチによると多くの視聴者が去年のダンサーのことを良く思っていなかったのです。去年 のダンサーはルネより年上だったせいです。潜在意識だったのです。つまり視聴者は、(ルネの周りで踊る年上の)ダンサーたちに嫉妬していたのです。」

ルネにそのことを話すとルネは、おもしろそうにわらって、「僕のすぐそばで踊っているから嫉妬ですか。へえ、もっとその話を聞きたいですね。もっと教えてくださいよ。」と言うのです。

記事は以上で終了

ルネシマールショーのテーマ曲の映像

'another saturday night' and 'still the one'

'you've got a friend...Rene and Regis Simard

ebay で見つけたルネシマールショー当時のルネの画像

ルネシマールショー関係のサイトを読んでいた時に見つけたルネと

CBCの番組スタッフとの写真。ルネは、赤いセーターを着て中央に座っています。

CBC GROUP SHOW -Alex Waterhouse-Hayward


先週と今週末の一人ずつ日本からのファンの方がグループに参加されてグループの人数は25名となりました。日本の方は、私も含め8人となりました!まだまだカナダのファンの方のほうが多いグループです。日本のファンの方の参加をまた楽しみにお待ちしています!

nekonomiminoura - group owner



3.11.07

ケーシーさんの「ルネと私」

先週に続いて今週末も、「ルネと私」のページからのグループメンバーのお話を紹介いたします。今週は、ローラさんと同じカナダのオンタリオ州に住むケーシーさんのお話です。

ケーシーさんの「ルネと私」

私は、ルネが10歳のときからのファンです。(英語圏の)オンタリオ州に住んでいる/いた)ので 英語でのルネに関した情報は、あまりありませんでした。そして、子供だったので、 (ルネのレコードを買うための)お金もあまりありませんでした。

ルネのLPレコードを買うために、11歳ではじめて仕事をしました!

それからモントリオールにペンフレンドを何人かみつけて、 その人たちとルネについてのニュースの記事の交換などもしていました。

でも、今は、youtube のサイトや、この8ヶ月の間にたくさんのルネのファンや お友達に出会う事ができたので、とても嬉しく思っています。 そして、もう一度昔のように、一番大好きな歌手についてファンでいられることも嬉しいです。

ルネのような素晴らしい歌手は、もう二度と現れないのではないでしょうか。 ルネのお兄さんのレジスや、妹のナタリーも大好きです。

モントリオールの人との交換で手に入れたルネの子供の頃のオリジナルの写真を 何枚か持っています。その写真をこのグループの皆さんにもお見せする事ができると いいと考えています。

フランス語での「日本でのルネ」「普通の子供」そして j'ai mon voyage を一度もみたことがありません。でも、白黒フィルムでの「普通 の子供」とj'ai mon voyageの英語版を持っていますが。 それからマイクダグラスショー、merv griffen, howard cowsell ショーなどに出演したルネも みたことがありません。

私のルネコレクションは、他の人のように多くありませんから、もし誰か私が見た事のない 映画やテレビ番組などのビデオをお持ちでしたら、ぜひ見せていただけるととても嬉しいです。

Ebayで以前に見つけたルネの白黒の写真も何枚か持っています。 ルネが10歳ぐらいの時のものだと思います。

ルネには、3度あったことがあります。そしてレジスとナタリーには一度ずつ会った事があります。

ほんとうに、このグループに招待してくれてありがとう! みなさんは、みんなとてもいい人たちですね。いつか私達みんなで ルネについての集まりができるといいですね! そうできたらとても素敵なことだと思います。


ケーシー


ケーシーさんは、シャンタル(博士と私達は読んでいます!笑)と同じように、youtube でたくさんのルネやナタリーの貴重な映像を紹介しています。  ケベックでのデビュー当時から、ルネの日本での活躍、日本の後でのアメリカやカナダの英語圏での活躍の様子などをみることのできるjapan footage, million dollar baby part 1,2は、必見です。また、ナタリーの日本でのシングル盤「五月の手紙」のB面にあった「海の中のあなたへ」をケベックのテレビ番組で唄うナタリーの映像もあります。そして、83年の第12回東京音楽祭前夜祭でルネと「ミドリ色の屋根」を歌うビデオもありますよ!

rene simard -japan footage


27.10.07

ローラさんの「ルネと私」

「ルネと私」のページから、ローラさんのルネの思い出の話を紹介します。

ローラさんのルネと私ストーリー


こんにちは。 私は、1972年からずっとルネのファンでいます1970年代には、ルネに会う事もできました。 ルネだけでなく、ルネの家族シマール家の人たちのファンです。 フランス語が、あまりできなくてごめんなさい。 (私はイギリス系のカナダ人のルネのファンなので)


子供の時には、よくルネの日本語の歌を歌っていました。(ちゃんとルネの唄う日本語のようだったらいいのですが。。定かではありまん!) ルネは、1975年にアメリカで、マイクダグラスショー(午後のトーク番組) に出演して、そのとき唄った歌は全て日本語の曲でした。 それは、フランス語版では、attends moi quelques anneesという曲でした。 この曲はルネの日本でのベストヒットというアルバムに入っていると思います。 (君のすべてがほしい)


この番組の中でルネは、この曲のことを 「恋人がボクから去っていってしまうけれども、ボクはその事を理解している/なっとくしている」という内容だと説明していました。この番組では、ルネの日本でのことを特集した内容でした。

1975年に、cbc canadaで放映されたルネの特別番組、rene simard au japon(日本でのルネ)は 日本では放映されたのでしょうか。内容は、ルネが東京音楽祭で大賞を得て、カナダに戻ってくる内容でした。 そのいくつかのシーンは、youtubeなどでも見つける事ができます。

これから、もう少し70年代のルネについてお話していきたいと思います。70年代の半ば、クロデイーヌバチョーさんは、私達ファンの子たちに、「ルネが仕事をしているときには、ルネに近寄らないで!」といってたびたびルネから私達を遠ざけようとしていました。けれども、ルネは時間をみつけては、いつもファンと一緒に過ごそうとしてくれたのです。

そのほか、覚えていることの一つに、ルネがトロントの通りを歩いている時に、ファンの集団がルネの後について歩き始めした。そしたら、クロデイーヌの妹のダニエルがルネに、「もう、あなたとは、一緒に外にランチに出かけたくないわ!」と言ったのです。(笑)ファンの集団がルネのあとをつけたからです。(笑)


ときどきルネは、私達ファンと、写真を撮ったりサインをしたりしないで、リラックスしてお話だけすることが好きでした。それも楽しかったです。


私は、2年ぐらいの間ルネと親しい時間をもてたラッキーなファンの数人の一人にすぎません。ルネのロサンジェルスのペントハウスの住所も私達ファングループは持っていました。クロデイーヌがそれを見たとき、どうしてその住所を手に入れたのか?それは、ルネの居住している住所だと言いました。けれども、考えてみてください。そのとき私達はみんな子供で遠いロサンジェルスになど行けるはずはなかったのです!


以前メールでお話ししたと思いますが、ルネは、よく私のルネのレコードアルバムジャケットにサインをしてくれ、そのときには、ルネの自分の顔にヒゲを描いたりしていました。(爆笑)ですから私は、ルネのヒゲの絵のコレクションを持っています!パスカルのアルバムジャケットのヒゲはとくによく描かれていますよ。(笑)


ローラさんのお話にでてくるルネ直筆!
のヒゲが描かれたアルバムです。








ルネは、一番よく出来たアルバムは、The Disciples de Massene

t at the Notre Dameだと私に言ったことがあります。これは、ルネがFernandoのアルバムを出していた時のことです。それからルネがとても喜んでいた時は、ポールアンカのダイアナとPut Your Head on My Shouldersをレコードに録音する許可をもらったときでした。


ルネに質問したいと思うことの一つは、どうして Merci Ma Chanceや、Baby Blue (フランス語と英語版)、Welcome to Montreal(そしてそのフランス語版)などの曲をLPレコードに入れなかったのかということです。もしかしたら、入っていたのかもしれませんが私は その記憶がありません。私が持っているその曲はすべてシングル盤のレコードです。これらの曲は、ルネが変声期になる前のものです。


私が見 たかったと思うルネのテレビ番組は、アメリカの放送局の、Rene and the Proteens (ルネと(13歳の)仲間たち)です。これは、カリフォルニアで撮影されたものでカナダのネットワーク放送局は、この番組を購入しなかったのでカナダで放 映された事はありませんでした。ルネはこの貴重な番組のコピーを所持しているのでしょうか。


ローラさんは、カナダのオンタリオ州に住むルネのスーパーファンです。英語圏であるオンタリオ州での活動をルネがスタートしたころからのファンで、その頃のルネとたくさんあってお話することができた方なので私達の知りたかった70年代後半のルネについてよく知っているようです。デイスカッションエリア(掲示板)でも、そのことについて度々話されています。

22.10.07

ルネが語るマリージョセと子供たちのこと/家族の珍しい画像

グループサイトの「ルネの家族」のページからの記事を紹介します。数週間前には、ルネの奥さんであるマリージョセがルネや子供たちのことについて話しているインタビュー記事を紹介していましたが、今回は、ルネが話す家族のことについてのインタビュー記事です。

また、この記事の後には、同じページで紹介しているルネの家族の珍しい画像も紹介いたします。

オリビエとロザリーは、もう大人!
Olivier and Rosalie are already adult!
8月20日付けの記事からの抜粋 (october 2 updated)
家族の話がたくさん出てくる記事のようです
ロザリー、オリビエ、ルネ、マリージョセ
9月からのシリーズ2の 「栄光の一時間」の司会の仕事をすることは、ルネにとって大変嬉しいことです。奥さんのマリージョセも仕事をしばらく休みをとる必要があると感じ、出演していた「グローサー」を辞めて、忙しくなるルネと家族のために時間を使うことにしたのです。


ルネ、現在忙しく仕事をしているものは何ですか。
「栄光の一時間」「ナイトフィーバー」そしてcirque du soleilのための仕事です。このcirque du soleil の仕事も順調です。


家族のみなさんとクルーズに行きたいと言っていましたが?
はい、8月に一週間出かける予定です。このクルーズには、家族のほかに、従姉や、義理の兄弟や姉妹なども一緒に行きます。

素晴らしいですね!
そうでしょう!全員で15人になります。このクルーズに出かけることができることを皆幸せに思っています。ク ルーズは、安い旅ではありませんが、この旅から得られることを考えると決して高いものだとは思いません。食事やショーも付いているし、船は、毎日ちがった 港や場所に連れて行ってくれる動くホテルなのです。それは、とても素晴らしいことです。子供たちもとても楽しみにしています。

マリージョセもこの旅行を楽しみにしていますか。
はい、とても喜んでいます。今、我が家を少しだけ改築しているので彼女は、このことでも忙しくしていますから。 


マリージョセもルネが大好きで大切にしている植物の世話をしているのでしょうか。

二人で面倒をみている感じですね。朝、起きて最初にすることは、植物に水をあげることです。この時間は、私にとってとても大切な時間なのです。喜びを得ることができて、とても美しいセラピーだと考えています。


マリージョセは、テレビ番組「グローサー」を辞めることにしましたが、マリージョセは、この番組をしていたことをとても楽しんでいましたね。
マ リーはこの番組に5年間出演していました。一年間で52週間出演していたことになります。その間、マリーは、この番組を通していろいろなことを楽しむこと ができましたし、番組のチームの皆さんとも友情を深めてきました。けれども、この辺で少し休みをとってゆっくりすることが必要と考えたのです。そして何よ りも、マリーがそうしてくれることによって、旅行などをするときにでも、私達のスケジュールが衝突しなくてもすむようになるでしょう。


これまでも、そういった意味で、いつもお互いのことをよく理解しながら協調してきた様子ですね。

そ うですね。そういったことでは、私達はとても幸運です。私達は、いっしょにいること、そして素晴らしい時間を分かち合うことが好きなのです。子供たちも、 お母さんであるマリーが夏の間中ずっと一緒にいてくれることができるのでとても嬉しいと思います。二人のことを「子供たち」と呼ぶべきではありませんね。二人はもう大人なのですから!でも成長しても二人は、私達と精神的に親しい関係にあります。家にいっしょにいることも多いし、そして二人は、とても楽しい子たちです。


お子さんたちは、自分たちの予定表がそれぞれに必要なほど一人前になりつつありますね。
(笑)本当にそうですね! 自分たちの子供ではありますが
「子供は神様からの預かりもの、そしてこの子供によって私達も恩恵を受ける」という言葉があるとおりだと思います。


マリージョセが出演するテレビ番組を近い将来見ることができるでしょうか。そのような予定はありますか。

多 分しばらくはないでしょう。けれども、もうまったくテレビ番組の仕事をしないということではありません。「グローサー」を辞めた後に、いくつかの番組の仕 事のお誘いをうけましたが、そのお誘いは受けることにしませんでした。マリーは、ほんとうにゆっくりしたいと考えているようです。もしかしたら来年また仕 事をはじめるかもしれないし、または、2、3年後であるかもしれません。


ルネ、私達は、マリージョセがなにか決断する時には、いつもルネがその影にいると想像しているのですが。
そ うですね。マリーと私は、何かを決める時には、いつもよく話し合います。私達の仕事は、私達の生活の内容をとても左右することなのでそうしなくてはいけな いと考えます。マリーは、3、4歳ぐらいのときから、この仕事をしてきました。とても幼いときにテレビコマーシャルの仕事を始めたのです。それから、ずっ と仕事を休んだことはなかったので、今回の決断は、今までずっと考えてきたことでした。ですから、ちょっと考えてきめたものではないのです。

とても人気のある番組を辞めるということは、普通の人はあまりしないことだと思います。マリーは、わがままで辞めたのではなく、ほんとうに自分にとって休息が必要と感じたのです。それは、人にとって健康的な考えなのだと思います。


PassionReneEtNathalieSimardのレアな画像のコレクションから、ルネの家族の画像をいくつか選んで紹介します。
ルネとお母さん、そしてナタリーも見えますね。
お父さんと一緒のルネ。デビュー当時の10歳ぐらいでしょうか。とっても小さそうですね。


ルネとお父さんのジャンロック氏。ルネの宿題を見てあげているのでしょうか。ルネは、11、2歳ぐらいに見えます。



今週は、新しいメンバーのmartin さんの入会で、私達のグループPassion Rene Simard Au Japonのメンバーは、23人となりました。日本人のルネファンの方の入会をみんなで心待ちにしています。
一緒にルネや妹のナタリーの思い出をお話ししたり、これからの二人をを一緒に応援していきませんか。




ナタリーのアルバム発売記念コンサートの夜


ナタリーのアルバム il y avait un jardin「悲しみの庭」
発売記念コンサートのスタートの様子から。
写真提供:passionreneetnathaliesimard のジゼルさん




今週は、17日の夜にナタリーのアルバム「悲しみの庭」が発売された記念のコンサート、そしてその前日の16日には、このアルバムが発売されるという嬉しい一週間でした。

ナタリーにとってもファンにとってもこの嬉しさは、13年ぶり、そしてこのアルバムは、これまでとこれからのナタリーのいろいろな憶い、希望を込めてナタリー自らが選曲した曲で作成されています。

ケベックでは、このアルバムについての特別番組が14日の夜に放映されました。ナタリーがこのアルバムで唄っている曲をつくった人たち、または唄っている人たちと直接あってお話する姿を通してアルバムの多くの曲が紹介されています。


アルバム発売記念のコンサートについての様子PassionReneEtNathalieSimardのメンバーやケベックのニュースサイトからの映像と画像で紹介いたします。

7日のコンサート会場でのリハーサル中のナタリー
Nathalie Simard a reçu des preuves l d'amour hier soir.
photo André Pichette, La Presse




コンサート前の会場入り口の様子
PassionReneEtNathalieSimard










提供:PassionReneEtNathalieSimardのメンバーLadybluesさん

コンサートは、約800名のファンや関係者を招待してのものでした。その中には、私達のグループとの協力関係にあるジゼルさんのPassion Rene Et Nathalie Simardのグループメンバーも招待されました!ここでは、その方たちがナタリーと撮った写真など紹介することはできませんが、ほんとうにナタリーがもう一度歌を歌うことを決心したことを喜んで、ナタリーを心から愛する人たちの姿と、これまでの心の痛みを忘れ、自分が本当にしたいことを自分のやり方でしていこうと決めたナタリーの清々しく強い姿がありました。会場には、ナタリーを励ましてきた友人、ナタリーからの招待状を受け取った芸能人たちの姿もあったそうです。

グループメンバーの方たちがこのコンサートの様子をyoutubeにアップしていますので、サイトリンクをご紹介しましょう。

martinさんの映像

martineさんの映像


その他、グループのLPMさんがアップしてくださった
ニュース映像など。
http://media.putfile.com/Flash-19-octobre

http://media.putfile.com/Stars-systa-me-Nathalie-Simard


そしてナタリー自身のサイトにアップされたニュース映像

http://espace.canoe.ca/NathalieSimard/video/view/20189


下記にあるのは、14日に放送された番組についての雑誌の記事です。ジョルジュムスタキとパリの街を歩くナタリー。


またこの番組をLPMさんがビデオシェアリングにアップしてくださいました。
2部に分かれています。

http://media.putfile.com/Il-y-avait-un-jardin-1

http://media.putfile.com/Il-y-avait-un-jardin-2


このアルバムは、amazon.comまたは、amazon.caで購入可能です。amazon.ca のほうが、ずっと安くて購入後、1、2週間の間にシップメントがスタート。amazon.comのシップメントスタートは、一ヶ月後の11月20日となっています。早くとどけてくれる送料を払えば、シップメント後、一週間ほどで届くようです。

amazon.com
$31.99 (us dollar)+送料
11月20日からシップメントスタート

amazon.ca
$18.99 (canadian dollar) +送料
現在シップメント中

私は、amazon caですでに購入していますが、いつ届くのでしょうか。。。また、ケベックのファングループサイトのメンバーに現在、もっと良い方法を訊いていますので、購入についての新しい情報がありましたらお知らせしますね。

ナタリーのアルバムとコンサートのパフォーマンスについての評価は、とても素晴らしいものがおおいので、次回紹介できたらと思います。先週のケベック州は、ナタリーの再デビューとアルバムのことばかりが話題になっていたそうです。



ナタリーの今後のご活躍をお祈りします。
Bonne Chance, Nathalie!