14.9.08

Un Homme 20才のコンサートとプログラムブック

私の住むニュージーランドのオークランドは、南半球にあるので、やっと春になりこれからは気持ちのよい天候が続きます。そしてもうすぐdaylight saving timeもスタートして、夏となります。夏時間となるころ、仕事で日本にでかけます。ただいまその準備に追われているので今回のルネの記事は、記事というより画像を紹介するだけになります。

紹介するのは、1980年に行われたルネのコンサートのブックレットです。2週間前に紹介していたルネとモハメッドアリの小さな写真はこのブックレットからでした。1980年このコンサートが行なわれた頃ルネは、19才と10ヶ月でしたが、Un Homme(大人の男)というタイトルのアルバムを出しました。ルネが20才になるのを記念してのアルバムそしてコンサートだったようです。



その頃、私はまだルネに一ヶ月に一度という定期的な手紙を書いていました。ルネからは、短いメモやノートらしきメッセージを時々いただいていましたが、このun homme という歌がリリースされた時には、メッセージとともにこの歌のシングルレコードが送られてきました。B面は、Oh Lady Maryという曲。どちらの歌もスローなバラードでした。そしてコンサートのブックレットもいっしょに。このブックレットがコンサートのものであるらしいことは、想像していましたが、そのことを教えてくれたのは、グループのメンバーで、このところ新しいルネとナタリーのサイトの作成に忙しいシャンタル博士でした。シャンタル博士自身はこのコンサートには行かなかったそうです。


新しいシャンタル博士のルネとナタリーのサイト
ここにはルネとナタリーに関するシャンタル博士の全のサイトへのリンクもあります。ルネとナタリーの全曲を聴く事が可能なシャンタル博士のBeboサイト、またyoutubeでのルネとナタリービデオなど。その他にルネとナタリーの雑誌の記事、ポスター、そしてテレビ出演したときのビデオなど盛りだくさんです。


シャンタル博士beboサイトでのUn Homme試聴
私のメンバーシップでのリンクです。
聴く事が可能でありますように。
聴く事ができない場合、
メンバー登録をしてからもう一度試してください。
シャンタル博士のbebo サイトページの名前は、
Musicographie Simardです。



では、ブックレット(コンサートプログラム)の画像を紹介しましょう。記事の日本語訳は、今回はしていません。


ルネの素敵なスーツ姿。なんだか日本の成人式にのぞむルネの姿のような!できたら、ルネにも日本の袴姿になってほしかった気がします。さぞかし凛々しいルネだったことでしょう。

このコンサートには、まだ幼いナタリーも参加しています。それまでにナタリーは、3枚ほどのアルバムをもうリリースしていました。



マネージャーだったgcとルネのコンサートにはいつも欠かさない編曲、編成やコンサートバンドの指揮をしていたLuc Caron氏。1985年のルネとナタリーのオタワでのコンサートの指揮をしていたのもLuc Caron氏でした。







1980年に行なわれたフロリダのデイズニーワールドとカリフォルニアのデイズニーランドでのルネとナタリーのショーからの写真が紹介されているページ。このショーの様子をシャンタル博士がyoutubeで紹介していますのでご覧下さい。ルネとナタリーの背後でヤマハのキーボードを弾いているのはもしかするとLuc Caron氏?とてもよく似ていると思うのですが。















成長したルネについてのクロデイーヌバチョーからのメッセージ。のちほど日本語訳にして紹介いたします。



生後9ヶ月のルネ。





ルネがこれまでに出会ったスポーツ界のスター
「大人の男性」たちです。













糸井重里氏が主催するサイト、ほぼ日刊イトイ新聞で、シルクドウソレイユからの招待状(4)というインタビュー記事が再開になりました。今回のインタビューは
東京の常設会場でスタートしたZEDというショーの作、演出を努めている映画監督、脚本家であるフランソワジラール氏へのインタビュー記事です。ルネと同じ仕事を東京の常設会場で行なっているジラール氏の話しを読んでみることは、ルネがマカオでのシルクドウソレイユのショーを作、演出する上でどんな考え方や努力をしなければならないかなどがわかってきて面白い記事だと思います。ジラール氏もこれまでサーカスの演出はした事が無かった人で、ルネと同じようにシルクドウソレイユの演出を今回初めて任されたケベッコワ(ケベック人)です。




6.9.08

アリとヒデキ

先週紹介していたモハメッドアリとルネの写真に引き続いて、メープルメイツ会報誌に出ていたと思った写真をおみせしようと考えていましたが、もう一度会報誌を確認してみると、その写真は載っていませんでした。どこかで大きな写真を見た覚えがあるのですが、メープルメイツの会報誌ではなかったのかもしれません。 ケベックのファングループ、Passion Rene Et Nathalie Simard のサイトで以前に紹介されていたルネとモハメッドアリとの写真がありますので、これを紹介しましょう。また、ルネが憧れていたという西城秀樹との画像と記事などもいっしょに紹介します。


ルネとアリ





ルネとヒデキ

メープルメイツファンクラブでの最後の会報誌は、総集編というタイトルでした。この中でルネの日本での思い出、出会った人たちとの写真があります。その中の一つは、歌手、西城秀樹でした。ルネは、ヒデキの歌と歌い方が大好きになり、 その後のルネの振り付けは、ヒデキの熱唱を思い出させるようなものもあったのを覚えています。この写真をお見せしましょう。この写真のことを思ったのは、 私のコレクションの中に、ちょうどこれと同じ写真のルネとヒデキのカラーの記事ががあったからです。雑誌での二人の対談記事でした。メープルメイツで 使われた白黒の写真は、この時のもののようです。


メープルメイツ最後の会報誌、
総集編からのルネとヒデキ





雑誌の対談記事でのルネとヒデキ




ルネとヒデキの対談記事

対談の内容でわかるところだけを紹介します。(手元にあるのは画像のみなので)ルネは、あこがれのヒデキにカナダでも歌うよう誘っているようです。そしてヒデキは、ルネのファンをぜんぶ自分のものにしてしまうとルネに冗談をいっています。ヒデキからもうすぐカナダへ帰るルネにスケジュールをきくと、ルネがラスベガスに寄ってオズモンドのショーをみてから帰ることを伝えています。そして12月にファンがカナダへ来ることになっていること。これは、バンクーバーへでルネとクリスマスパーテイという旅行に参加するファンのことを言っていたのだと思います。




エリザベステーラーとの映画「青い鳥」の撮影についても話しています。(ルネは、この映画への出演は結局はしていません。)この映画には、ヒデキの好きなジェーンフォンダも参加するという話しをきいて喜ぶヒデキでした。そしてルネは、自分のガールフレンドのこと、二人のお姉さんの事も話題にしています。二人のうちどちらかをヒデキのガールフレンドにどうかなど。。。(笑)ヒデキに手紙を書く約束をしたルネですが、ほんとうにヒデキには、ルネから手紙が届き、この画像の上の方にあるエアメイルがその手紙です。



この三つの画像は、Passion ルネシマール Au Japon グループサイトで以前に、「日本でのルネ」の1ページ目に記事といっしょにアップしていたものです。

ルネシマールくんとの30分。

ステーキとセブンアップとスイカがすき!

1974年の雑誌の切り抜きインタビュー記事より



花がたくさんある国

と思っていたよ。

Q:大賞とシナトラ賞をもらったときの気もちをいま、ふりかえってみてどう?

R:大賞は、すごくうれしくてボーッとしていた感じです。シナトラ賞のときは、もうかたくなってよく覚えていません。

Q:好きな歌手は?

R:エルビスプレスリーです。

Q:日本で好きな歌手は?

R:西城秀樹さんです。西城さんの歌をきいているとからだ中が熱くなるほど感動します。


HIDEKI & RENE

1974年の雑誌の切り抜き記事より




あこがれのヒデキサン

ルネとヒデキが強い友情で結ばれてる事。きみたち知ってる?

全身エネルギーのかたまりとなって表現する秀樹の力唱に、ルネが感動

秀樹もルネの美しいボーイソプラノに魅了されたのです。

傷だらけのローラを外国にいっぱい紹介するよ。ふたりで舞台に出よう。

と約束。来年のお正月また会おう、ルネ!



1974年10月号 平凡表紙

31.8.08

ニューヨークのルネ

今週は、英語圏の雑誌で紹介されていたニューヨークでのルネの記事をお届けします。 はじめにルネの最新情報ですが、先週紹介していたセリーヌデイオンのコンサートにでかけた家族との記事と同じような写真ですが、Rene et Nathalie Simardグループで紹介されたのでその写真を載せておきます。やはり、ルネの息子オリビエの隣にいるのは、オリビエのガールフレンドでした。名前はベロニクだそうです。そして ルネの娘ロザリーの隣は、ボーイフレンドのセバスチャン。彼のとなりにいるのは、彼の母親のニコルです。


l'Echos-vedettes magazine photo from Passion Rene et Nathalie Simard
merci beaucoup!



ニューヨークのルネ


この英語の記事は、1976年に16マガジンに掲載されたものであると思います。このグループニュースサイトで以前から紹介している英語圏でのルネについての記事、またルネシマールショーについての記事、そして先週のルネアンジェリル氏とセリーヌデイオンに関する記事などを読まれればわかると思いますが、ルネは、この頃英語での曲のヒットさせ、アメリカでの進出を目標に活動していました。ルネシマールショーの番組がcbcで決定される前後には、アメリカのabcでの番組制作が考えられていました。そのことが決まるまでの間、abcは、ルネに、いろいろなトーク番組への出演を約束していました。

この雑誌によると、ニューヨークを訪れたのは、ルネにとってこの時が初めて。そして、ニューヨークでの目的は、Howard Cosell のショーであるSaturday Night Live (1976年)という番組への出演でした。Howard Cosellは、abcでボクシング番組のコメンテイターとしても活躍しており、この頃、ルネも実際に会ったモハメッドアリ氏とは、親友のようなおつきあいもしていたそうです。ルネとモハメッドアリ氏の対面はもしかするとこの人の紹介でなのかもしれないと考えると興味深いです。また、モントリオールオリンピックのボクシングの担当でもあったそうです。


ニューヨークのルネ




ルネの生涯の中でとてもワクワクしたことの一つは、初めてニューヨークを訪れたことでした。Howard Cosell のショーに出演するためでした。ニューヨークでのルネのスケジュールは、リハーサルや録画のためにとても忙しいものでしたが、今まで話しに聞いていたり、ずっと夢見ていた場所などのいくつかを見ることができました。幸運な事に、16マガジンのカメラマンがルネのその素晴らしい瞬間をとらえることができました。


これは、プラザホテルの近くにある有名な「ピューリッツァーの噴水」の前のルネです。ルネは、回りにある摩天楼を眺めて素晴らしがっているところ。



ルネには、観光客に人気のある馬車に乗る時間はありませんでしたが、この馬と挨拶をすることはできました。




セントラルパークの入り口に近いベンチでリラックスしたルネは、時計を見ると10分のうちに街の向こう側に行かなくてはいけないことを思い出しました。



Cosell氏のショーが録画されるエドサリバンシアターは、ここから近い距離にあります。そこでルネは、公園を通って近道をすることに決めました。フランス語で「オルボアー(さようなら)、そして英語でSee you next timeと言って出かけて行きました。


Saturday Night Live (Howard Cosellのショー)からの映像


フランス語で「雨にぬれても」を歌って登場したルネ。ボクシングのコメンテイターとしても有名なHoward Cosellは、ルネをボクシングの選手登場のように紹介しています。ビデオは下記のリンクで楽しむことができます。

Howard Cosell のショー、Saturday Night Liveに出演したルネの姿が見られるビデオ(1976年)始まって3分後ぐらいです。これは、ルネのデビュー25周年(1996年)を記念しての番組で、日本とアメリカで活躍していたころの思い出を話しています。他のアメリカの有名なトーク番組でのルネの様子も見ることができます。ルネの習いたての英語も可愛らしいですよ。




thank you to casey!


ルネが20才になり、あたらしくレコードを出したとき、そのレコードといっしょにルネが送ってくれたブックレットがありました。その中におさめられている写真の中にモハメッドアリとの写真があります。なおこの写真と同じか似たような写真がメープルメイツの最後の会報誌の総集編のなかでも紹介されていますので、この写真もあとで紹介いたします。この写真の説明では、ルネがモハメッドアリに会ったのは、14才となっています。ルネは、15才か16才であったような気もしますが。。。

 

24.8.08

セリーヌデイオンのコンサートでのルネと家族

雑誌Échos-vedettesで紹介されたルネと家族の写真を紹介しましょう。出かけたのは、モントリオールで9年ぶりに開かれたというセリーヌデイオンのコンサートの初日(8月15日)でした。これは、taking chances world tourのコンサートの一つであるようです。


写真に写っているのは、左から、ルネの息子のオリビエ、女の子は、オリビエの友だちでしょうか。そしてその隣は、ルネの夫人マリージョセのお母さんクローデット、ルネの娘ロザリー、ロザリーのボーイフレンドのセバスチャン、その隣の女性は誰なのかわかりませんが、セバスチャンのお母さんかもしれませんね、顔が似ています。そしてルネとマリージョセ。


雑誌の画像提供は、
Passion Rene Et Nathalie Simard グループより。
merci beaucoup!


この記事の写真をみたケベックのファンの間では、息子のオリビエが、ますますルネに似てきたと話題になっています。私も同感です。

今年は、ケベックの特別な年です。ケベックが誕生して400年目を迎え、今年はそのお祝い行事が開かれています。セリーヌデイオンは、ルネと家族が楽しんだコンサートの翌週である8月23日に、そのお祝い行事のひとつとして催された野外でのフリーコンサートも行いました。

Celine Dion wishes Quebec City a happy 400th birthday at concert



セリーヌデイオンとルネ

セリーヌデイオンとルネは、同じケベック州出身であるという他にもいろいろと縁があります。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、セリーヌを見いだしマネージャーそしてプロデユーサーとして彼女を一流の歌手に育て上げ、そして現在では、彼女の御主人でもあるルネアンジェリルは、ルネのアシスタントマネージャーそしてプロデユーサーでもあった人です。ルネが1974、75年に日本で活躍した時代にもルネと一緒に来日していました。

ルネと仕事を続けたのは、ルネがアメリカとカナダでの英語圏での活躍をしていた時までのようです。英語圏での交渉役は、英語があまり上手でなかったマネージャーのgcに代わり、アンジェリル氏が担当していたようです。Passion Rene Simard Au JaponのメンバーであるCaseyさんがyoutube にアップしている"million dollar baby"でも質問に英語で答えているのは、アンジェリル氏です。

アメリカのレコード会社との契約がうまく行かず、英語圏でのルネの活躍が少なくなってきた時期にルネとの仕事を離れ、セリーヌを本格的に売り込み始めていきます。この時期のことをセリーヌを歌手として育てて行く様子を綴った本「making celine dion」の中で興味深く書かれています。この本の中でルネの事について書かれている部分は、いずれ日本語訳をして紹介したいと考えています。多くのページが下記のサイトで読めるようになっていますので紹介しておきます。


Making Celine Dion by Jean Beaunoyer, Jean Beaulne





またルネは、セリーヌデイオンとも共演していることがたびたびあります。

ルネとセリーヌの共演ビデオ at ADISQ

このビデオは、1998年、ADISQの司会のセリーヌデイオンと授賞式で共演しているルネです。

ADISQとは、Quebec Association of the Recording Industory, entertainment and videoのことで、毎年この団体が主催する、その年活躍した芸能界の人たちへ授賞式があります。ルネは、1991、92年そのショーの司会を勤めています。また1984年には、"Comment Ça Va"という曲のヒットで、Felix 賞をこの式で受賞しています。


ルネが2003年にリリースし最新アルバムとなっている"Hier... Encore"の中で
"quand on s'aime"という曲をセリーヌとデユエットしています。ビデオで紹介されていますのでお聴き下さいね。

Rene Simard and Celine Dion sings JAZZ "Quand on s'aime"




このアルバムは、Amazon.caで購入する事が可能です。



17.8.08

レミゼラブルのプレミアでのルネと家族/ナタリーの結婚

仕事のほうがすっかり忙しくなり、紹介したいと思っていたルネの最新ニュースを3週間もアップしないままになってしまいました。今回は、その記事をアップいたします。また、ルネの妹ナタリーが引退先のドミニカ共和国で、8月7日に結婚をいたしましたので、その様子がわかる雑誌からの記事も合わせて紹介いたしましょう。



ルネがモントリオールオリンピック讃歌(フランス語版)をオリンピック委員会らしき人たちの前で歌っている様子がyoutubeにアップされましたので、お楽しみください。オリンピックの公式ソングであったにも関わらず、開会式をはじめ、実際のオリンピック関係のメデイアでも、ほとんど使われる事の無かったルネのオリンピックソングに関わる話しなど、以前の記事で紹介していますので合わせて読まれると興味深いと思います。




レミゼラブルのプレミアでのルネと家族
雑誌7joursとle semamineからの記事。
記事の写真はpassion rene et nathalie simard グループより

以前にルネのプロデユースしたショーの数々の会場にもなっていたキャピタルホテルのステージで開催されたレミゼラブルのプレミアを訪れたルネと夫人のマリージョセ。そして17才になった娘のロザリーと子どもの時からの親友であるジェイドも一緒にプレミアを訪れました。

記事の中でルネは、cirque du soleilのショーのプロデユースの仕事のためにその会場となる予定のマカオから帰国したばかりであること、そしてその仕事や経験を素晴らしいと思っている事などを話しています。この記事のルネの話によると、マカオでのルネの制作によるcirque du soleilのショーは、2009年の8月からスタートのようです。その間、ルネは、マリージョセと5ヶ月間マカオに住み、娘のロザリーと息子のオリビエも2回ぐらいマカオに来ると語っています。




「ルネシマール、中国(マカオ)から帰国」 「中国語(マンダリン)を習っているの」マリージョセ
雑誌 le semaineの表紙より


ルネもマリージョセの中国語(マンダリン)を習っているそうです。 二人ともとても難しいと話しています。

娘のロザリー。17才になりすっかり大きくなりました!



ロザリーの親友、ジェイド、そしてルネとマリージョセ



ナタリーの結婚

芸能界から引退し、ドミニカ共和国に暮らしているナタリーは、8月7日に交際していたLevis Guayと結婚しました。雑誌le semaineの記事の様子から、盛大な式の様子がうかがえます。





娘イブとナタリー

19.7.08

Catch Up With Rene Simard! 1977年の記事


1977年のアメリカの雑誌からと思われる記事を紹介します。内容は主に、先々週紹介した記事にあったルネのカナダでの英語圏向けのショー番組、The Rene Simard Showについてのこと、そしてルネのこれまでの経歴などを含め、いかにルネが素敵なテーンエイジャーに成長しているかについて書かれています。

先週お話していたように、インターネットがスタートするようになって1995年以来、ルネの様子について調べていましたが、私の記憶のどこかで、この記事はその頃のインターネットからみつけたような気がしています。あるいは、東京のカナダ大使館広報課の方からいただいたものだったかもしれません。ハードコピーとして手元に残っているので、あるいは大使館の方からいただいたものというのが正しいかもしれません。

記事の写真にいる16才のルネは、まだ幼さが残っていて日本時代のルネの面影があるようですね。この記事の一年前にあたる時期に、アルファが主催していたファンクラブ、メープルメイツがルネの総集編のブックレットと共に閉鎖となりましたが、その 最初の頁を開いて、髪の毛を短く切ったルネの写真を初めて見る事になったのでした。そのルネは、この記事のルネよりわずかに幼いような気がしますが、とても似ています。このルネの写真とその時のルネからの挨拶も紹介します。


Catch Up With Rene Simard!
ルネの最新情報!


French Love Songs? Well, Canada's Rene Simard Has Grown From Adorable Little Child Star To Handsome- And Hunky-Host of His Very Own Canadian TV Variety Series!

フランス語のラブソングがききたいですか? カナダの誇るルネシマールは、かわいらしい小さな子どものスターからハンサムでセクシーな若者に成長しました。そして自分自身のカナダのテレビバラエテイシリーズの司会もするようになりました。


ルネはもう16才です。
ルネがカナダのスペシャルショーの一つで生で歌っていたとき、外では、ものすごい大雨が降っていました。オーケストラが自分たちだけで練習しているしている間、ルネはステージに残り、「すごい雨が降っているね」とセリフを歌にして冗談ぽく歌って聴衆を楽しませていました。このように振る舞う事は、この若くてとても可愛らしいカナダ人の歌手にとっては、ごく普通のことなのでした。ルネは、本当のプロなのです。

ルネは、16才ですが、9才のときから歌っています。そして世界中で歌ってきました。アメリカでは、主にMerv Griffinショーや他のたくさんのバラエテイショーでテレビにも出演していました。そのようなショーでは、ルネのパワフルな歌声と可愛らしさで皆をとりこにしてしまうのでした。ルネのことを知りたくないという女の子は一人もいなかったし、大人は、ラスベガスでLiberaceと共演したルネに魅了されました。


メープルメイツからの最後の会報誌
総集編 (1976年)





ルネは、大家族で育ったとても才能のある子どもでした。父親のジャン、母親のガブリエルの二人は、音楽を愛し、7人の子どもたちとも音楽を楽しみました。ルネには、3人の兄弟と3人の姉妹がいるのです。その中で、飛び抜けた音楽の才能をみせたのは、ルネだったのでした。その上ルネの性格もその才能のためにぴったりのものだったのです。

現在では、ルネは、貫禄のある16才となっています。もう12枚のアルバムをだし、3つの映画、100以上ものテレビ出演や、1000以上ものコンサートをこなしています。マルチミリオネアのルネです。けれども信じられないかもしれませんが、ルネは、お金や名声には、あまり興味がなく、みんなから好かれる普通の男の子です。(ルネの大好きな食べ物は、ハムサンドイッチなのですから!)新しく発売されたばかりのアルバムは、Never Know The Reason Whyといいます。このアルバムをルネは、英語圏とフランス語圏のファンのためにそれぞれ英語とフランス語でレコーデングしたのです。このようなことをするのは、ルネにとっては、特別なことではありません。ルネは、日本語でもレコーデイングしたことがあるのですから!


記事の中にあった英語圏での初めてのレコード
Never Know The Reason Why




けれども、この茶色の目をした歌手ルネにとってものすごく素晴らしいことはカナダで、自分の新しいバラエテイショーをスタートさせたことでしょう。このショーは、ルネシマールショーという名前で、毎週多くのゲストが出演し、ルネといっしょに歌ったり、ダンスをしたりするのです。

ルネは、whatta band という自分のバンドとThe Renettes というバックコーラスも従えているのです。ゲストは、カナダのスターやアメリカのスター、たとえば Paul Williams,Jim Stafford, Keane Brothersなどが出演したりしています。Bay City Rollers も出演する予定があるようです。ルネは、カナダのテレビ界のSonny Bono (またはダニーオズモンド)のようになりそうですね。


日本のファンにとっては、
はじめて目にした
ショートカットのルネ
ファンクラブ
メープルメイツ最後の会報誌より


ルネのプライベートな生活は、このところ仕事でなくなってしまっているようですが、時々家族と一緒にも暮らしています。暇ができると水泳をしたり他の歌手の歌を聴いたりしているそうです。歌手では、特にフランクシナトラです。

ルネが東京音楽祭でフランクシナトラからベストパフォーマンス賞を受け取ったとき、どんなに心弾ませたかわかるでしょうか。シナトラは、「このまま大きくならないで」とその時言ったそうです。でも、ルネのファンは、ルネがその約束をまもらなかったことを嬉しがっていることでしょう。なんといってもルネはセクシーで素敵な歌手の一人に成長したのですから。そしてルネは、女の子が大好きなのです。

来月になると、ルネは、アメリカに戻ってきていくつかのトークショーに出演するので、ルネがどんなに素敵に成長したか見る機会があると思います。それにルネは、とても男性らしくなりました。ルネに会うときには、おしゃれをしてくださいね。あなたがルネをうっとりとして見るように、ルネもあなたを同じように見るかもしれませんよ。愉しみにしていてくださいね。




ファンクラブメープルメイツ
最後の会報誌へ
寄せた
ルネのメッセージ



メープルメイツのみなさまへ

みなさんお元気ですか。
いつも僕の歌を応援してくれてありがとう。
楽しい夏休みでしたか? 
今年の夏は僕のふるさとモントリオールで
オリンピックが開かれたので、
日本のみなさんもカナダのことが
少しわかったのではないかと思っています。

ところで最近僕の新しいレコードが出ないので
不思議に思っているみなさんもいることでしょう。

実は声変わりの時期に入って歌をおやすみしています。
そのかわり立派な歌手になるために
お芝居やダンスのレッスンを
受けて毎日を過ごしています。

一日も早く新しいレコードを出して、
またみなさんにお目にかかるのを愉しみにしています。
ぼくのことを忘れないでね!!

ルネ