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11.5.14

ルネの全米進出の計画と二人のマネージャー その2



BONNE FÊTE DES MÈRES !

ボンフェデメール!

母の日おめでとうございます!


Martin Jarrie(マルタン・ジャリ)の原画カーネイション
source:イラストユーロ


今日は、母の日。日本でもケベックでも、そしてニュージーランドでもお母さんに感謝をし、いつにも増して、母親のことを想う日だと思います。私も天国にいる義母と日本で元気に過ごせるようになった母のことを想い感謝をする時間を持ちたいです。母に贈ったお花はもう届いたという連絡が来てとても嬉しそうでした。ルネのママ、ガブリエルさんもお元気で過ごしていると聞いていますので、ルネもママとの時間を過ごすのかもしれませんね。植物が大好きだなルネは、どんなお花をママに贈るのでしょう。

今回の記事の前に、ルネの「ボクのママは天使」Ma Mère Est Un Angeという歌をyoutubeのビデオで聴いてみることにしましょう。この歌を作ったのは、兄のレジスです。



「ルネを誇りに思いながらポーズをとるルネのママ」 
ルネのママは、ふだんメガネをかけていますが、この画像はメガネなしで、珍しいと思います。



Rene Simard - A Child Like Any Other 3 (youtube)

カナダのルネファン、ケーシーさんがyoutubeにアップしているルネのドキュメンタリー映画「普通の子供」英語吹き替え版からのビデオ。ルネが「ボクのママは天使」'Ma Mere est un ange'を歌っている場面が出て来ます。ルネが歌う前にルネにアドバイスをしているのがgc。このコンサートは、ルネがその後も何度もコンサートをすることになるモントリオールのplace des arts(文化や芸術のための会場として使われる総合施設でカナダ国内では最大)で行われ、1970年12月4日が初演でした。(ref: 'rene &nathalie simard:les enfants cheris du show bizz' by danielle & claudine bachand) ルネの初めてのコンサートでした。

ルネがステージで話し始めたのは、ルネのコンサートと同じ日にホッケーの大きなゲームがあること。それなのにボクのステージを観にきてくれてありがとうと言っています。そしてそのホッケーの進行の様子を伝えています。「(モントリオール)カナディアンズが2対0でリードしてるそうですよ!」と言って、たぶん本当はゲームのことが気になって仕方がない
観客を笑わせています。ケベック人ならだれもが大ファンというモントリオールを本拠地にする世界最古のプロのホッケーチームです。フェイスブックのルネファンも現在ゲーム中なので、そのゲームの様子を盛んにシェアをしています。ルネもカナディアンズとホッケーの大ファン!

その後もルネの可愛らしいおしゃべりが続きます。

「あ、会場に来てくれているだれかさんに気がつきました(ママのことです)。えーと。。1、2、3、4、5、6、7、8。あ、8列目にいますね。みなさんの了解を得て、この女性にちょっと言いたいことがあるんです。」

「ママ、もしママさえ良かったら、ここにいるのがボクとママの二人きりだと思ってね。これからボクが特別にママのために歌うから。」


日本にある私のスクラップブックの雑誌の記事からのママとルネ

Ma Mère Est Un Ange「ボクのママは天使」の英語と日本語訳

 
Mama is an angel    ボクのママは天使さ
I know, believe me   そうなんだよ、信じてよ
Mama is an angel    ママは天使なんだ。
She was meant to be   そう、天使のはずなんだ

I want you always    ボクは、ママがいつも
To be so happy,     幸せでいてほしいんだ

That's because      だって
I love you mama     ボクはママを愛しているから。

Mama is an angel    ボクのママは天使さ

I know, believe me    そうなんだよ、本当なんだよ
Mama is an angel    ママは天使なんだ
She was meant to be   天使のはずなんだ

You are all my life    ママは、ボクの人生
I will always love you   ボクは、これからもいつだって愛しているよ
I can't see you suffer.   ママに辛い目にあってほしくないんだ

Mama is an angel    ママは天使さ
I know, believe me    ボクを信じてよ
Mama is an angel    ママは、天使なんだ
She was meant to be   天使のはずなんだ

Oooo...

Mama is an angel    ママは天使さ
I know, believe me    そうなんだよ、信じてよ
Mama is an angel    ママは天使さ
She was meant to be   天使のはずなんだ

You are all my life    ママはボクの人生さ
I will always love you   これからもいつも愛しているよ

I can't see you suffer.    ママに辛い目にあってほしくないよ


Mama Is An Angel (ma Mère Est Un Ange) Video

Mama Is An Angel (ma Mère Est Un Ange) Lyrics

by René Simard
Single: Mama Is An Angel (ma Mère Est Un Ange)
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Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

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Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

I want you always
To be so happy,
That's because
I love you mama

Read more at http://www.lyrster.com/lyrics/mama-is-an-angel-ma-mere-est-un-ange-lyrics-rene-simard.html#LjjAszvHeBYkcVQa.99

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

I want you always
To be so happy,
That's because
I love you mama

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

Oooo...

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.
Read more at http://www.lyrster.com/lyrics/mama-is-an-angel-ma-mere-est-un-ange-lyrics-rene-simard.html#LjjAszvHeBYkcVQa.99
Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

I want you always
To be so happy,
That's because
I love you mama

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

Oooo...

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.
Read more at http://www.lyrster.com/lyrics/mama-is-an-angel-ma-mere-est-un-ange-lyrics-rene-simard.html#LjjAszvHeBYkcVQa.99
Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

I want you always
To be so happy,
That's because
I love you mama

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

Oooo...

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.
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Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

I want you always
To be so happy,
That's because
I love you mama

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

Oooo...

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.
Read more at http://www.lyrster.com/lyrics/mama-is-an-angel-ma-mere-est-un-ange-lyrics-rene-simard.html#LjjAszvHeBYkcVQa.99
Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

I want you always
To be so happy,
That's because
I love you mama

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

Oooo...

Mama is an angel
I know, believe me
Mama is an angel
She was meant to be

You are all my life
I will always love you
I can't see you suffer.
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ルネと出会う前の二人のマネージャーについて

では、今回の記事を書いていきましょう。今回は、ルネと出会う前の二人のマ ネージャーについてです。この二人とは、ルネのマネージャーであったギイクルテイ(以下gc)とgcのサポートをするという形でルネのサブマネージャー/ プロデューサーだったルネアンジェリル(以下アンジェリル)のことです。

アンジェリルが「プロダクションgc」で仕事をし始めた頃の紹介の画像



アンジェリルは、プロデューサー、クロデイーヌバチョーは、gcのアシスタント(マネージメントをしていたアーテイストの世話とgcの秘書)、クロデイーヌバチョーの妹のダニエルバチョーは、報道担当者として紹介されています。この他に、受付の女性の紹介もしています。クロデイーヌバチョーは、gcの元で2004年まで約30年(たぶん31年か32年間)の間、仕事をしていました。ルネの世話をデビュー当時からずっとしていた人です。

この画像の上には、この4人の画像の10倍くらいのサイズのプロダクションマネージャーとしてのgcの画像が紹介してあります。(source: rene magazine sincrement/my own)


ネット検索をしてみると、元の二人のマネージャーについてのことは英語、フランス語のサイトで様々なことが書かれています。gcについて現在どんなことが書かれているか、今回の記事では書きません。2004年に、gcは、ルネのマネージメントをやめています。


アンジェリルについては、ご想像通り、セリーヌデイオンのマネージャー、夫としての活躍を読むことができます。けれども、私がとても興味を持っていたルネに出会う前の二人については、あまり詳しく書かれていないようです。アンジェリルは、歌手やコメデイアンとして仕事をしていたので、gcよりは情報がありますが、gcについては、ほとんど詳しい記述はないようです。


正直に言えば、私が最も知りたいと思っていたのは、アンジェリルよりもgcについてでした。ルネと出会う前に、どんなことをしていた人だったのか。そしてルネのマネージャーとして仕事をするようになった経過について知りたいと考えていました。前回の記事その1と同じように、'René Angélil: The Making of Celine Dion: The Unauthorised Biography'  (2004, written by Jean Beaunoyer an Jean Beaulne)の本を読んだ内容をメインに紹介していきたいと思います。




ルネの現在のマネージメントをしているのは、ルネのデビュー当時からgcのオフィスで秘書として働き、ルネの世話をしていたクロデーヌバチョーです。彼女は、2004年にgcのgc コミュニケーションズ(プロダクション会社の名前を数回変えていますが、96年からはこの名前でした)が閉鎖後、彼女自身のマネージメント会社、Claudine Bachand Communicationsを立ち上げて、ルネも奥さんのマリージョセもそこに属しています。なお、gcコミニュケーションズは、gcの娘でタレントのベロニククルテイエ(Veronique Cloutier)がNovemプロダクションという名前に変え、アーテイストのマネージメントセクションを廃止して、テレビとラジオの制作部門をメインに続行していましたが、タレント業に専念し、家族との時間を優先させるために、2009年に売却しています。(ref: veronique cloutier wikipedia)



アンジェリルとgcの出会い/アンジェリルについて


アンジェリルとgcとの出会いは、二人がルネに出会うずっと以前のことでした。1963年の頃だったそうです。その時、アンジェリルは、ケベックでは、人気のあった Les Baronetsという友人2人との3人組のグループでキャバレーなどのクラブ周りをして歌うのを仕事にしていました。高校が終わった18才の頃から週末などを利用して歌っていたようです。gcとの出会いがあったこの頃ビートルズが音楽界に登場、Les Baronetsもビートルズなどの歌をフランス語にして歌ったりしてヒット曲も数曲あり、特に甘いマスクのアンジェリルは女性に人気があったとか。



Les Baronets - Twiste et Chante (ビートルズカバーTwist and Shout) - 1964

Les (Nouveaux) Baronets - Demain (1966)

Les Baronets - Symphatie (1970)

このLes Baronetsもケベックだけでなく、アメリカに進出し、やがてはビートルズのように世界中で活動するという大きな夢を抱いて、アメリカのレコード会社Vee Jay Recordのプロデューサーに見込まれたことを機会に、ニューヨークで英語だけのアルバムのレコーデイングもしたようです。「ビートルズにだって出来たのだから僕たちにだってチャンスはあるかもしれない」(ref: 'international market already', celine) とアンジェリルは仲間に言っています。

残念ながら、そのアルバムはレコーデイング会社がその直後に、破産となってしまい、レコーデイングしたものはその破産管財人の手に落ち、取り返す事ができず、また再度違う会社でレコーデングする予算もなくなり、アメリカ進出の夢はあきらめることになったのです。

アンジェリルも歌手としてアメリカ進出を夢見てレコーデイングまでしていたという事実は、私にルネの全米進出の計画のことを思い出させ、アンジェリルが、ルネやセリーヌの全米進出に熱心に仕事を進めて行く気持ちは、お金を得たいということだけだったのでなく、自分も目指していたことを二人に実現してほしいという強く熱い気持ちがあったのだろうと感じました。


Les Baronetsの人気も無くなり、ステージでのパフォーマンスも惨めなものが多くなり、グループが正式に解散したのは、1973年でした。アンジェリルは、30才になっていました。最初の奥さんと離婚そしてギャンブルで借金もあるという状態。借金は母親が返したらしく、アンジェリルは、違う分野の仕事で再スタートをしたいと考えていました。


Les Baronets時代からマネージメントに興味があったようで、このころすでにマネージメントを始めていたgcのもとで、72年の頃から、何人かの歌手の面倒を見ていたようです。そのうちの一人だったAnne Reneeと、73年に最初の奥さんとの離婚後、74年の7月23日に2度目の結婚をしています。ルネが第3回東京音楽祭でグランプリ/フランクシナトラ賞を獲得したのは、同じ年の6月30日でした。その後ルネ一行がケベックへ帰ったのが7月14日(ref: スーパーアイドルルネ)ということですから、ケベックに戻ってからまもなく結婚したようです。



(source:passion simard)
1974年12月頃にパリに出かけていた時の画像。左端にいるのがアンジェリルが結婚したAnne Renee、隣がクロデイーヌバチョー、ルネの姉のリン、ルネ、そしてアンジェリル。ルネは1974年の12月5日に、パリのオリンピア劇場のステージに出演していました。


ケベックで、マネージャーという仕事を最初に職業として成り立たせたのは、gcだろうとこの本の中に書かれていました。そのマネージャーとしての技量をgcが発揮し始めたのがルネだったということも。アンジェリルは、gcがルネをどのようにマネージメントしていたかということをよく観察していたようです。


ルネは、72年当時、11才。9才の時にテレビの歌の勝ち抜きコンテスト「ジャンロジャーの発見」に出場していた時からgcがマネージメントをはじめ、それから1年もしないうちにデビューさせ、人気者にさせています。



Passion Simard extrait ''un enfant comme les autres'' René chante Ave Maria aux découvertes 

ルネのデビューまでの様子をまとめたドキュメンタリー「普通の子供」からの「ジャンロジャーの発見」に出演シューベルトの「アベマリア」を歌う場面のルネ。この勝ち抜き戦でルネは3段階の最終まで進んだので3つの曲を歌ったことになります。ルネと最後まで競っていたのは、ルネの兄のレジスでした。(passion simard Rene biography より)


gcについて



gcは、1942年、ケベック州のAlma(アルマ)という町に生まれました。(wikipediaでは、生まれたのはチクテイミ、育ったのがAlmaと書かれているようですが) Alma は、ルネが生まれたケベック州Saguenay Lac-Saint_Jean (サグネラックサンジャン)地域にあるChicoutimi(チクテイミ/シクテイミ)の町から45キロメートルしか離れていない位置にあります。サグネ地域で一番大きなチクテイミに比べると、とても小さな町のようです。2009年のチクテイミの人口は6万7千人に対してアルマは、3万人。ルネは、6才の時にオルレアン島に引っ越しをするまでチクテイミに住んでいました。


アルマとサグネ周辺の地図


中央下にケベックシテイ、ルネの生まれたチクテイミのあるサグネ(Saguenay)は、中央上、gcの生まれた町、アルマ(Alma)は、saguenayの左側上にあります。Alma は、サンジャン湖のすぐ近く、サグネはサグネ川沿いの地域。ケベックシテイのすぐ近くにある島がオルレアン島です。

チクテイミの場所を確認したいので、地図をあと一つ。


(source:saguenay-lac saint-jean)

この本の記述によると、gcは、学生時代からいろいろなことを企画して実行するのが得意だったそうです。高校の時には、ダンスパーテイや、グループでの外出などのイベントを企画していたりしていたそうです。高校を卒業してまもなく、La Maison de Palmarès(ヒットパレードの家)という名前のレコードショップを経営するようになり、そのお店は、gcが20才になった頃には Almaの町で成功しているビジネスの一つとなりました。


モントリオールから仕入れて来た新しいレコードが売れるように、地元のラジオ局にしつこいぐらいに頼み込み、そのレコードの曲を流してもらったり、またコンサートツアーをする歌手のスケジュールを熟知していて、そのスケジュールにあわせるようにその歌手のレコードをたくさん仕入れて置くということもしていました。


アンジェリルとの出会いは、1963年ということでしたが、the BaronetsがパフォーマンスをするためにAlmaに来た時に、町のホテルで最初に顔を合わせ、アンジェリルと他の二人のメンバーと親しくなったそうです。gcは、エンターテイメントの世界にとても魅了されていましたが、この後まもなく La Maison de Palmaresは破産をしてしまったことで、エンターテイメントの世界での仕事をしたいという気持ちが強くなったのでしょう。驚くことに1964年から1966年にかけてバンドの歌手として数曲をレコーデイングしています。(wikipedia: guy cloutier)




gcのレコーデイングした歌


破産してしまった後は、かなり貧しい暮らしをしていたそうで、住むところもなくなり、いつもthe Baronetsの3人と一緒にいるようになり、3人のそれぞれの家に寝泊まりをしていたようです。そうしているうちに、the BaronetsのレコーデイングをしているTony Roman(歌手、レコードプロデューサー、映画監督)のレコーデイングスタジオでthe Baronetsのための仕事をするようになりました。この時の収入は、週に150ドルだったそうです。その後、Tony Romanの立ち上げたレコードレーベルCanusaのプロモーションとプロデューサーの仕事をするようになっていきました。Canusaは、60年代、ケベック州で多くのヒット曲を出していたそうです。


Tony Roman
(source:Tete Carre)


もっと手広く才能のあるアーテイスト達のマネージメントをしたいと考えたgcは、1969年に「プロダクションgc」という会社をスタートしています。(wikipedia) その翌年に、「ジャンロジャーの発見」という歌のコンテストに出場していたルネに出会ったわけです。他に数人のマネージメントをしていたそうですが、gcを有名にさせたのは、ルネ、そしてその後デビューしたルネの妹のナタリーでした。


ルネとのgcの出会いは、また改めて記事にしたいと思いますが、ルネのマネージメントをしたいと考えたのは、gcだけではなく、他にもたくさんいたようです。その一人が、gcのプロダクションでマネージメントをしていた歌手の一人、 Patrick Zabé でした。gcよりも一足先にオルレアン島に出かけ、ルネの父親にルネと兄のレジスのマネージメントをしたいと申し込みをしていましたが、断られてしまったそうです。(ref: 'au-dela du silence' 2007 by jean-rock simard)



Patrick Zabe

source: Patrick Zabe ma vie ma musique

1970年頃のPatrick Zabe  画像の右下には、gcプロダクションの連絡先、左下には、 当時のgcのレコード会社、NOBEL(ノーベル)のロゴが見えます。

1999年には、ケベックの芸能界でのこれまでのキャリアと実績を讃えるFelix賞、翌年の2000年には、その年の最も優秀なプロデューサーに贈られるFelix賞をADISQ(からおくられていました。(wikipedia) ミュージュカル、リアリティーショーなどの制作などもしていて、ケベックの芸能界では大物としての存在になっていました。

ADISQ(Association québécoise de l'industrie du disc, du spectacle et de la vidéo)について。1978年に創設されたケベックの音楽、映画産業をサポートする非営利団体。1979年からは、音楽家や歌手、アーテイストなどに賞を贈る授賞式が毎年開かれるようになっています。





左端にいるのがgc、ルネの右にいるのがアンジェリル
(source:スーパーアイドルルネ 1974/my own)


gcとアンジェリルのその後、1975年

ルネの全米進出の計画が失敗に終わった後のアンジェリルとgcの様子はどうだったのでしょうか。ご想像のように、二人の関係は、あまりいいものではなかったようです。アンジェリルは、自分の持っているお金をルネやgcのプロダクションのために注ぎ込んでいたので、gcの対等のパートナーとしてプロダクションをやって行きたい、それからプロダクションの収入の半分も受け取りたいとgcに申し出たそうですが、gcからの返事は、ノー。そのため 独立して、自分のプロダクションを作りました。アンジェリルは、その時、32才となっており、その数年後に14才のセリーヌデイオンとの出会いが待っていたのでした。





テレビ番組に出演する前のルネと日本から取材にやってきた人たち。ルネの背後にいるのは、アンジェリル。 (source: sincerement rene magazine/my own)

ルネと出会う前のアンジェリルとgcについて読んでみていかがだったでしょうか。ルネに出会うまでの二人の生い立ちや経歴を知ったことで、想像していたよりもずっと、二人が持っていたルネへの期待と夢が並々ならないものであったことを感じました。アンジェリルもgcも、エンターテイメントの世界、マネージメントの世界に魅了され、才能を持ったルネに出会うことで、歌手として自分が叶えられなかった自分のことを思い返し、ルネを売り出そうと必死だったのでしょう。そして同時に自分たちの収入と、有能なマネージャーとして社会的に認められることへの願望。


その後の二人の人生は、どうなっていったのかということを見てみると、二人のどちらに対しても大変複雑な思いを感じます。そして、もちろんルネ自身の人生についても。ルネは、全部を知っている、そして受け止めて今も前向きに生きている。そんなルネを見守って応援をして行きたいというのがいつも思うこと。がんばってね、ルネ!




16.12.12

フェイスブックでの奇跡 道上さんとロメオ




フェイスブックでの奇跡


今週は、週末になる直前にフェイスブックで起きた「奇跡」についてお話をいたしましょう。その「奇跡」は、二つ。ここで言う「奇跡」とは、思ってもいなかったことが起きたという意味の奇跡と、そしてとても嬉しいことが起きたという意味の奇跡です。


一つ目の奇跡は、まさに「大奇跡」です。それは、ルネが来日していた1974、75年にルネの通訳をしていた道上さんと連絡が取れたこと。しかも、その道上さんが、ルネのお話をしているファンの様子を知りたいと言って、私たちのフェイスブックでのグループ「ルネシマール」と Passion Rene Simard Au Japon, そして Club Rene Simard, ジゼルさんたちのPassion Rene, Nathalie, Regis Simardのグループに入って下さったこと。そして、ジゼルさんやルネの現在のマネージャーのクロデイーヌさんを通して、ルネと連絡をとりあいたいということにもなりました。「ルネシマール」では、もう私たちと少しずつお話をしていただいています。ルネといつも一緒にいられた道上さんと直接お話できるようになったことは、いかに私たちを夢のような気持ちにさせてくれていることか、ルネファンのみなさまには想像がつくことと思います。


では、その奇跡について、懐かしい「スーパーアイドルルネ」からのルネと道上さんの画像を見ながらお話していきましょう。「   」の中にあるのは、本に書かれてあるその記事の説明です。


 
 「せんだみつお氏は、もうルネのお友だち」

1974年7月10日 午後3時30分 銀座テレサG入り。午後5時「ぎんざNOW」出演。


 道上さんがルネと再会できたのは、21年前のことで、そのときは、大感動の出会いをしたそうです。ルネとは兄弟のような仲だったそうで、現在のルネに連絡をとれるのをとても喜ばれていました。


スーパーアイドルルネ/ニューソングブック臨時増刊号 昭和49年9月1日発行第一巻第6号 発行所 ケイブンシャ (定価650円)


でも、これが、ファイスブックでの「奇跡 」?と思われる事でしょう。その「奇跡」の始まりは、「ルネシマール」のメンバー、Mさんとのおしゃべりからでした。最初に話していことは、Mさんがシェアした気になるお店の記事。そしてそこに置いてあった伊丹十三記念館の本のことに。私が、数年前に四国の松山にあるこの伊丹十三記念館 に出かけていたことから、さらに伊丹十三氏の話になり、伊丹氏が司会をしていた番組にルネが出た事、その時ルネと楽しくおしゃべりをフランス語でしていたお話につながって行きました。そしてそこから道上さんのお話に展開!今道上さんは。。。?ということになりました。では、要約して私たちの会話をご紹介しましょう。



伊丹十三記念館を訪れた際に買い求めた、この話の中で話題になった本「伊丹十三記念館ガイドブック」



 記念館で購入した伊丹十三氏の絵はがき。愛猫「こがね丸」と。


記念館入り口
 記念館入場チケット



Mさん:えええ、ルネと伊丹十三さんって 会った事があったんですか。

私:はい、「三時に会いましょう」という番組にルネが出演した時に、司会をされていた  方が伊丹十三さんでした。

Mさん:その画像がありますか。

私:はい、「スーパーアイドルルネ」というルネを特集した雑誌のなかに、通訳の道上さんが「日本のルネシマール 完全スケジュール 同行記」というタイトルでルネが最初に来日したときの様子を書いていて、そこに伊丹さんとルネの画像がでています。まっててくださいね。さがします。

これです。


 「伊丹十三氏と、話はつきません。」



私:そ してそのときの事が同行記のなかで、こう書かれてあります。

(1974年)7月3日午後3時。TBS「三時にあいましょう」に出演。 「日本には、英語が話せたり、理解す る人はたくさんいます。でも、フランス語となると、とても少ないのです。TBSのスタジオで、フランス通の伊丹十三さんと会った時には、まるで友だちのよ うに楽しげに話し合っていました。」

 Mさん:わあ、「話はつきません」と書いてありますね。伊丹さんは、フランス語は話せるだけではなくて、フランス通でもあったんですね。やはりただものではない!

「 三時に会いましょうのリハーサル」




 私:この写真の真ん中の方が道上さんです。伊丹さんとすごくよく似ていますよね。身長、ファッションセンスそして髪型まで!

Mさん:ああ、最初見た時、(伊丹さんと道上さんを)まちがえてしまいました!Rikoさん、通訳の道上さんて。。。もしや。。。。の道上さんではありませんか?

私:ええ、そうなんですか。ちょっと調べてみましょう。。。ああああ!ええええ!そうかもしれません。。。ぜったいこの道上さんですよ。

Mさん:人ってどこかでつながっているんですね。すごい発見です。探偵気分!


という二人のおしゃべりのあと、早速フェイスブックに参加されているかどうかチェック。そして、いた!ということになり、お友達リクエスト、そしてプライベートメッセージをお送りいたしました。そして翌日お返事があり、お友達の承認もしていただきました。そしてルネの通訳をされていたこともお話してくださり、「懐かしいですね!」「ルネシマール」のグループページでは、私たちがいまだにルネのファンで、思い出を話したり現在のルネの様子をみたり、応援していることを「素晴らしい」とコメントしていただきました。

道上さんは、東京に在住、ビジネスをしていらっしゃるそうなので、一度、ルネファンのみなさんと集まってお話会のようなことを楽しくできたらいいですねとお話しています。私が日本に行く時まで待っていて下さるそうです。(嬉しい!)



 「銀座通りで。隣は、川添象郎氏」
道上さんは、向かって右側 の長身の方。


この後は、ジゼルさんや、ローラさん、ジョセフ君、日本のルネのファンのお友達にも道上さんを紹介して、今はみな「お友達同士」 になりました!現在の道上さんを見つけたこと、ジゼルさんは、きっとルネが知ったらとっても喜ぶだろうとジゼルさん自身もとても嬉しい様子でした。


 「ルネはいたずらっ子 出番を待つ間、ルネは、テレビスタジオの中を飛び回ります。通訳の道上君に、かかえられて、その自尊心が爆発!」


 「ブルースリーもビックリ!見事なキックです。」ルネは、この「ブルースリーキック」をパリでも東京でもしていたのですね!




ルネと遊園地 「何度乗ってもあきないジェットコースターや、電気の自動車に、ルネは夢中です。係のおじさんもルネのために、長い時間機械を動かしてくれました。」

1974年7月7日(日)豊島園のジェットコースター。道上さんもルネとクロデイーヌの後ろにいます。


1974年7月7日(日) 豊島園(この後ルネ一行は、横浜ドリームランドへも)ルネの後ろを歩く道上さん。



 こうして、ケベックのファン、英語圏のファン、日本のファン、ルネ本人さえも、このフェイスブックのルネファンの集まりを通して、みんなで懐かしい方や、直接お話することなど考えられもしなかった方たちなどと思い出や現在のこと、ルネに関係のない事でもお話をシェアできるということは、38年前、いえ、つい数年前であっても考えられない ことだったと思います。お互いに、年を重ねて来たから、そして38年も前のことだから、なつかしく話せるというより、「今話さなくてどうするの!」という貴重な思い出になりつつあるのかも知れません。



「ファンの中でルネはもみくちゃ」

1974年7月14日(日)午後7時45分、カナダ太平洋航空機にてルネ離陸。ここにもルネのそばには、道上さんの姿が。

ケベックのルネファンのマリエルさんとルネの日本での時間についてお話することがあります。マリエルさんによると、ルネが日本に持って行ったバッグの数は、20数個だったのに、ケベックに戻ってくる時には、おみやげが多くて、バッグが60数個にも増えていたのだそうです。マリエルさんは、「日本の人ってとても気前がいいのね!」と言っていました。


 もう一つの奇跡

あと一つの奇跡は、先週の記事にも書いていた、パリでのルネのお友達、ロメオくん。1973−1976年の間、稀だと言われる「ボーイバリトン」声で、ゴールデンボイスと呼ばれ、人気者になったそうです。だから、先週お話していたように、「ボーイソプラノ」のルネの声よりもずっと低い声だったのですね。では、奇跡とは? そうです!もう想像がついたかもしれませんが、このロメオ君とローラさんが、お友達になりました。先週の記事をロメオ君にローラさんが紹介したことがきっかけだったようです。そして、私にもプライベートメッセージを書いてくれました。それは、「僕のことを、ブログに書いて下さって、ありがとう。ルネとは、いい思い出がたくさんあります。」というような内容でした。ルネとの思い出にはどんなことがあったのか、簡単な事でも教えていただけたらなあと思っていますが。。。お友達の承認をまだいただいていませんので、これは実現が可能か不明です。

先週紹介していたリンクに、ロメオ君のベストアルバムCDがありましたが、このアルバムの紹介記事(英文)がPDFファイルになっているものを見つけました。


 

 Alpha records com(PDFファイル)


ロメオくんが歌手としてデビューするまでの話なども含まれ大変興味をそそがれる内容です。記事を訳してみると。。。


「1973年から76年にかけて、ロメオはフランスで最も人気のある少年歌手だった。本名のGeorges Brizeは、「黄金の声を持った子供」というぴったりのニックネームが付いた。彼の曲は、みな大ヒットし、フランス中のラジオ局やテレビ局でも放送された。彼のファーストアルバム「Maman」は、発売後、数週間のうちに90万枚を売り上げ、ロメオの出したレコードは、合計400万枚以上もの売り上げの記録を出した。

ロメオがどのように見いだされたのかという話は、おとぎ話のようでもある。一番ロマンチックなストーリーは、こうである。

ロメオの両親は、リヨンの近くにあるSaint-Georges de Reneinsという小さな街で、食事と宿泊を提供するカントリーインを経営していた。ロメオがこの付近で遊んでいた時に、車で通りすがった一人の男性がいた。その男性は、タイヤがパンクしてしまい、タイヤを交換しなければならなくなり、汚れた手を洗うために、遊んでいたロメオに手を洗える場所を尋ねた。ロメオは、両親の経営するカントリーインにその男性を連れて行き、そのあと、インのお客さんのために歌を歌い始めた。ロメオは、4才の頃からこうして歌を歌ってきたのである。その歌声を聴いた男性は、すぐに知り合いのレコードプロデユーサーに連絡をとり、ロメオの歌をレコーデングするように頼んだ。

この男性は、その当時フランスでヒットを飛ばしていた最も人気のある歌手Shielaの親しい友人だったのである。そして彼が連絡をとったレコードプロデユーサーは、70年代を通して、フランスの音楽界でもっとも影響力を持っていた会社の(Carrère レコードの創立者であるClaude Carrèreだったのだ。

1976年、ロメオは、勉強に集中して学業を終了できるようにという理由で音楽界からの引退を発表しました。人々は悲しみましたが、ロメオの願いを理解しました。」

Romeo はステージネームで、本名はGeorges Briz. 1961年1月29日生まれ


うーん、そうだったんですか。多くのサイトには、声変わりのために引退と書いてある事が多いようでしたけど、声変わりのためだけでもなかったのかもしれませんね。   フランス語wikiには、声変わりのためと書かれているようです。そして現在は、翻訳/通訳/ジャーナリストという職業についているとか。フェイスブックでお訊きしてみましょうか。。。でも先週紹介しましたように、最近また歌を歌っているようです。「僕の新しい歌をほめていただいてありがとう」とも言われていましたから。



ロメオ君の 歌った曲目、アルバムなどの詳しいリストは、以下のサイトで見る事ができます。

BCSD(The Boy Choir & Soloist Directory)
 



 現在のロメオくんを見たい方は、こちらのサイトへどうぞ



道上さんとロメオ君へ、この場をお借りしてまた、改めて、お礼を申し上げたいと思います。


ありがとうございます!道上さま 

Merci Beaucoup, Romeo!






10.12.12

ローラさんのルネとロメオ Lora's Rene & Romeo


 今週末から「夏休み」に入った私は、この2、3日、古くからのルネファンの友人ローラさんと一日中!と言ってもいいぐらい、フェイスブックのウオールや、プライベートメッセージなどでお話しています。ローラさんは、このブログの過去の記事でも度々その名前が出てきましたが、ルネがトロントで活動していた76、77年頃にルネととても仲良くしていたというファンの方です。Passion ルネシマール Au Japonのメンバーとしても、2005年頃から活動しています。youtube にもskfanincan  という名前で、沢山のルネに関するビデオを紹介していたり、スライドショーを制作しています。

since my 'summer holiday' has started, I've been spending a lot of time talking with Lora on facebook. You should know who Lora is by now as I have often mentioned her and her Rene collection and youtube videos in this blog.  Lora is a member of Passion Rene Simard Au Japon and we've known each other since around 2005.  Lora has been a so lucky girl who got to know Rene well during the time Rene was actively working in Toronto 1976-77. She has created a lot of rene slide shows and sharing on youtube with a name 'skfanincan'.

ということで、今週は、そのローラさんとのお話しの内容やローラさんがシェアしてくれた画像などを紹介したいと思います。ローラさんは、フェイスブックに参加されていないルネファンのためにこのグループブログでも紹介してほしいと希望されています。

 This week article is a little bit about what Lora and I have talked for the last few days. It is about Rene and Romeo in France 1974-75.  Lora kindly suggested me to share her rene clipping from France on this group blog for people who haven't joined in our Rene Simard Fan circle on facebook yet.



Thank you to our Lora!


 フランスでのルネ Rene in France

ローラさんの手元には、まだpassion simardでも取り上げられていないルネの画像がありました。たくさんあるのですが、その中でもルネが日本とパリを行き来していた74、75年ぐらいの時の雑誌の記事がとても興味深いです。これは、ローラさんが知り合ったフランスのルネのファンだった女性から譲っていただいたものだそうです。はじめて見た時、ローラさんは、「えええええええ!なんてことをしているのだろう!」と思ったそうです私もそうでした!「えええええ!」。。。では。。。その画像をお見せいたしましょう。

The clippings Lora has shared are rare that I didn't see even in Passion Simard collection.  Especially it is very interesting to see the ones from 1974, 75 when Rene was 'commuting' to Japan. Lora obtained the following ones from Rene's fan in France.  "Ahhhhh! What!!??" ...was Lora's reaction when she first saw this 'naughty' smoking Rene's photo. My reaction was the same ..."Ahhhhh, Rene is smoking!?"

ルネとロメオ 1975年 7月 パリで
Romeo & Rene in Paris, July 1975 


なんと!ルネが同じ年ぐらいの不良少年といっしょにタバコ!えええええ!これは一体。。。どういうこと!?しかも、堂々と雑誌の写真を載せてしまっているのって。。。


でも。。よーく見てみると。。。タバコの形をしたチョコレートだったのです!そういえば、子供の頃、こんなチョコレートが日本でも売られていて、ルネと同じように、いかにも「タバコが旨い」というようなポーズを決めていたような記憶もあります。

but it was 'chocolate' cigarette Rene was 'smoking'! I think this kind of chocolate was sold in Japan also around the same time, and I might have had the same 'cigarette' moments as Rene and Romeo!

でも、ルネと一緒にいる「ロメオ」(Romeo)  って一体誰?ロメオくんは、その頃、ルネと同じようにフランスで人気のあった少年歌手だそうです。ルネとの共通点は、少年歌手という他に、二人のレコードは同じレコード会社「Carrere」から出ていたこと。

So who is Romeo? He was a very popular boy singer like Rene around 70s as Rene.  His records were released from Carrere, the same record company as Rene.

このサイトで、ロメオくんのベストCDに入っている70年代の曲を全曲少しだけ聴くことができます。ロメオくんの曲は、現在でもitunesで購入することもできるそうです。ルネの曲も、いつかitunesで購入が可能になるといいのですけど!

You can check Romeo's best album in the following site.  Lora says you can purchase this album on itunes store as well as this site.  Wish one day soon, we will be able to purchase Rene's songs on itunes!





ルネが74年、75年ごろにフランスで出したレコード。下にあるのがロメオくんのレコード。一番右にあるルネのレコードジャケットMaman, laisse-moi sortir ce soir)とすぐ下にあるロメオくんのレコードジャケットは、とっても似ているとローラさんと話していました。 彼の声は、ルネよりずっと低い声のようです。ローラさんいわく、ルネのお兄さんのレジスの声に良く似ている!私も同感です。では、歌っているロメオくんを見てみましょう。 

Rene's records released in France around 74 and 75, also Romeo's.  Those record jacket layout are very similar to each other, the last ones especially.  Romeo's voice is lower than Rene and Lora thinks Romeo does sound like Rene's one year older brother, Regis.


romeo juste un petit baiser (youtube)



Romeo - Ecoute (youtube)

大人になったロメオ 'mature adult Romeo'
落ち着いたいい声で歌っています。 

 この歌は ルネの妹ナタリーがデビューして間もない頃のアルバム Nathalie chante pour ses amis (1980)の中でも歌っている曲です。Nathalie, Rene's younger sister also sang this song in this album that she released in 1980.



 実際のナタリーの歌は、シャンタル博士のサイトリンクから聴くことができます。You can listen to  Nathalie's song on this site.





この記事の画像を見てみると、ルネは、友人を得て、とっても元気にいろいろなことを楽しんでいるようにも見えます。では、二人がどのようなことをしていたのか、見ていきましょう。 

Rene and Romeo looks like having a lot of fun doing variety of things around Paris.


だれかに電話?「アロー!」もしかすると電話の相手は、ルネが大好きで、パリのいろいろな場所に一緒に出かけていたという、年上のイザベルという女の子かもしれませんね。ローラさんの話では、ルネは、きっとブロンドの女の子に惹かれることが多いとか!そういえば、奥さんのマリージョセもブロンドですね。

Who is Rene calling to? " Allô ?"  It could have been Isabel that Rene adoresIt was said Rene spent a lot of time with her while he was in Paris. Lora says that Rene tended to prefer 'blonde' girls.  Marie-Josee, his wife, also 'blonde'! 
 

イザベルに電話した後は。。。そうだ!ブルースリーの映画へ行こう!映画のポスターの前でブルースリー並みのキックを披露するルネ。日本でお父さん相手に柔道を繰り広げていたルネを思い出します。

After talking with Isabel (only guessing!) "Oh yes! let's go see Bruce Lee film!" Rene's kicking does remind us of Bruce Lee...!  While in Japan, Rene also tried 'Judo' against his father Jean Rock Simard!
 

  映画の後は、食事。レストランへ!何を食べようかな。。。僕の好きなラザニアか。。チキンサンドイッチはあるかな?(私の勝手な想像です。)

"It's a meal time after the film! What shall I eat...  do they have my favorite lasagna or  chicken sandwiches?" (again, I am only guessing what Rene has thought...)

食事が終わったら。。。そうだ!パスポート写真を撮ろう!また日本に行くから、余分にパスポート写真を持っていた方がいいからね。(これも勝手な想像をしております。)よく見てみると。。。ロメオくんと二人で撮ってあるようですね。今ならもっとルネは、プリクラなども楽しめたでしょうに。

次は買い物!


そしてテイータイム。日本のファンに手紙を書こう!

 それから、レコードの打ち合わせ?



では、ルネがフランスで出していた曲を少し聴いてみましょう。



 maman, laisse moi sortir ce soir
(ママ、今夜遊びに出かけてもいい?)1975



この画像は、以前にお話したことがある私たちがしていた手作りのルネのファンクラブ「ボンジュールルネ」の会誌第2号(1978年7月号)のあるページ。このページの上のほうにあるのは、そのころルネの事務所がしていた英語でのルネシマールファンクラブに入会したときのルネからの「ようこそ」というようなメッセージの最後の部分。これは、ルネの手書きのものですが、もちろん印刷されてあったものでした。そして下の部分にあるのは、そのファンクラブから送られて来たこれまでのルネについてのお話の部分の日本語訳をしたもの。この始めの頃に、フランスでのルネのことが少し書かれていたことを思い出したので、この画像を紹介いたしました。日本を離れて、ロサンゼルスで英語やダンスを勉強していたり、全米進出をめざし、有名なテレビショーに出ていたことも紹介されていいます。それにしても、このルネは、かわいらしいと思います。これは、たぶん旺文社の学習雑誌にでていたルネのように思いますけど。「ママ、今夜遊びにいってもいい?」という曲は、フランスで、ゴールドレコードという賞に輝いたと書かれています。

ところで、フランスにもルネのファンクラブがあったそうです。ローラさんにこれらの切り抜きなどを譲ってくれた女性もファンクラブに入っていた人だったそうです。最初の頃の名前はフランス語だったそうですが、そのあとは、Club Rene Simardという名前だったとローラさんは、聞いているそうです。Club Rene Simardと言えば、フェイスブックには、この名前のルネのファングループもあるんです。Passion Simard は、やく2千人ぐらいだったと思いますが、このClub Rene Simard は、350人ほど。アメリカやカナダの英語圏のファンも多いようです。なぜか最近、何の連絡もないままに、このグループの代表のうちの3人のうちの1人に昇進?させていただいたようで驚いています。



その他の曲は。。。


la monde de walt disney ウオルトデイズニーの世界(1974)


Merci ma chance チャンスをありがとう(1974)
これは、「ウオルトデイズニーの世界」のB面の曲でした。


Les petites filles modeles (girls models) (1974)




une maman c'est toi (mother is you) (1974)
この歌が、les petites filles modelesのB面だったと思います。


最後に、ロメオくんとルネが、1974年の3月には、もうお友達でいたことを示す新聞?と雑誌の切り抜き画像です。ローラさんも言っていたように、ルネは、74年の始め頃から頻繁にフランスに出かけていたのですね。そして6月には、日本。第3回東京音楽祭。この年の12月3日に、パリのオリンピア劇場で、Daniel Guichardのコンサートの最初のパートでルネがステージに立ったのです。

まずは、オリンピア劇場で歌うルネの画像から。



 Daniel Guichardと


オリンピア劇場のルネの名前


ロメオくんの記事


ルネの記事



ルネが日本とフランスを忙しく駆け回っていたことは知っていましたが、この記事で紹介したローラさんがフランスから取り寄せたという画像を見るまでは、ルネが実際にフランスでどのような様子でいたのか知ることはできませんでした。38年も!!昔むかしのことなのに、38年後にこのルネの様子が分かったということが嬉しくて仕方がありません。ローラさんもフランスでの記事をとても興奮してしまって、二人で夢中でお話しました。ルネのフランスでの画像は、もう少しあるそうなので、ローラさんがそれを見つけたらご紹介したいと思います。


では、フランス パリのルネを楽しんでいただけましたように!