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10.12.12

ローラさんのルネとロメオ Lora's Rene & Romeo


 今週末から「夏休み」に入った私は、この2、3日、古くからのルネファンの友人ローラさんと一日中!と言ってもいいぐらい、フェイスブックのウオールや、プライベートメッセージなどでお話しています。ローラさんは、このブログの過去の記事でも度々その名前が出てきましたが、ルネがトロントで活動していた76、77年頃にルネととても仲良くしていたというファンの方です。Passion ルネシマール Au Japonのメンバーとしても、2005年頃から活動しています。youtube にもskfanincan  という名前で、沢山のルネに関するビデオを紹介していたり、スライドショーを制作しています。

since my 'summer holiday' has started, I've been spending a lot of time talking with Lora on facebook. You should know who Lora is by now as I have often mentioned her and her Rene collection and youtube videos in this blog.  Lora is a member of Passion Rene Simard Au Japon and we've known each other since around 2005.  Lora has been a so lucky girl who got to know Rene well during the time Rene was actively working in Toronto 1976-77. She has created a lot of rene slide shows and sharing on youtube with a name 'skfanincan'.

ということで、今週は、そのローラさんとのお話しの内容やローラさんがシェアしてくれた画像などを紹介したいと思います。ローラさんは、フェイスブックに参加されていないルネファンのためにこのグループブログでも紹介してほしいと希望されています。

 This week article is a little bit about what Lora and I have talked for the last few days. It is about Rene and Romeo in France 1974-75.  Lora kindly suggested me to share her rene clipping from France on this group blog for people who haven't joined in our Rene Simard Fan circle on facebook yet.



Thank you to our Lora!


 フランスでのルネ Rene in France

ローラさんの手元には、まだpassion simardでも取り上げられていないルネの画像がありました。たくさんあるのですが、その中でもルネが日本とパリを行き来していた74、75年ぐらいの時の雑誌の記事がとても興味深いです。これは、ローラさんが知り合ったフランスのルネのファンだった女性から譲っていただいたものだそうです。はじめて見た時、ローラさんは、「えええええええ!なんてことをしているのだろう!」と思ったそうです私もそうでした!「えええええ!」。。。では。。。その画像をお見せいたしましょう。

The clippings Lora has shared are rare that I didn't see even in Passion Simard collection.  Especially it is very interesting to see the ones from 1974, 75 when Rene was 'commuting' to Japan. Lora obtained the following ones from Rene's fan in France.  "Ahhhhh! What!!??" ...was Lora's reaction when she first saw this 'naughty' smoking Rene's photo. My reaction was the same ..."Ahhhhh, Rene is smoking!?"

ルネとロメオ 1975年 7月 パリで
Romeo & Rene in Paris, July 1975 


なんと!ルネが同じ年ぐらいの不良少年といっしょにタバコ!えええええ!これは一体。。。どういうこと!?しかも、堂々と雑誌の写真を載せてしまっているのって。。。


でも。。よーく見てみると。。。タバコの形をしたチョコレートだったのです!そういえば、子供の頃、こんなチョコレートが日本でも売られていて、ルネと同じように、いかにも「タバコが旨い」というようなポーズを決めていたような記憶もあります。

but it was 'chocolate' cigarette Rene was 'smoking'! I think this kind of chocolate was sold in Japan also around the same time, and I might have had the same 'cigarette' moments as Rene and Romeo!

でも、ルネと一緒にいる「ロメオ」(Romeo)  って一体誰?ロメオくんは、その頃、ルネと同じようにフランスで人気のあった少年歌手だそうです。ルネとの共通点は、少年歌手という他に、二人のレコードは同じレコード会社「Carrere」から出ていたこと。

So who is Romeo? He was a very popular boy singer like Rene around 70s as Rene.  His records were released from Carrere, the same record company as Rene.

このサイトで、ロメオくんのベストCDに入っている70年代の曲を全曲少しだけ聴くことができます。ロメオくんの曲は、現在でもitunesで購入することもできるそうです。ルネの曲も、いつかitunesで購入が可能になるといいのですけど!

You can check Romeo's best album in the following site.  Lora says you can purchase this album on itunes store as well as this site.  Wish one day soon, we will be able to purchase Rene's songs on itunes!





ルネが74年、75年ごろにフランスで出したレコード。下にあるのがロメオくんのレコード。一番右にあるルネのレコードジャケットMaman, laisse-moi sortir ce soir)とすぐ下にあるロメオくんのレコードジャケットは、とっても似ているとローラさんと話していました。 彼の声は、ルネよりずっと低い声のようです。ローラさんいわく、ルネのお兄さんのレジスの声に良く似ている!私も同感です。では、歌っているロメオくんを見てみましょう。 

Rene's records released in France around 74 and 75, also Romeo's.  Those record jacket layout are very similar to each other, the last ones especially.  Romeo's voice is lower than Rene and Lora thinks Romeo does sound like Rene's one year older brother, Regis.


romeo juste un petit baiser (youtube)



Romeo - Ecoute (youtube)

大人になったロメオ 'mature adult Romeo'
落ち着いたいい声で歌っています。 

 この歌は ルネの妹ナタリーがデビューして間もない頃のアルバム Nathalie chante pour ses amis (1980)の中でも歌っている曲です。Nathalie, Rene's younger sister also sang this song in this album that she released in 1980.



 実際のナタリーの歌は、シャンタル博士のサイトリンクから聴くことができます。You can listen to  Nathalie's song on this site.





この記事の画像を見てみると、ルネは、友人を得て、とっても元気にいろいろなことを楽しんでいるようにも見えます。では、二人がどのようなことをしていたのか、見ていきましょう。 

Rene and Romeo looks like having a lot of fun doing variety of things around Paris.


だれかに電話?「アロー!」もしかすると電話の相手は、ルネが大好きで、パリのいろいろな場所に一緒に出かけていたという、年上のイザベルという女の子かもしれませんね。ローラさんの話では、ルネは、きっとブロンドの女の子に惹かれることが多いとか!そういえば、奥さんのマリージョセもブロンドですね。

Who is Rene calling to? " Allô ?"  It could have been Isabel that Rene adoresIt was said Rene spent a lot of time with her while he was in Paris. Lora says that Rene tended to prefer 'blonde' girls.  Marie-Josee, his wife, also 'blonde'! 
 

イザベルに電話した後は。。。そうだ!ブルースリーの映画へ行こう!映画のポスターの前でブルースリー並みのキックを披露するルネ。日本でお父さん相手に柔道を繰り広げていたルネを思い出します。

After talking with Isabel (only guessing!) "Oh yes! let's go see Bruce Lee film!" Rene's kicking does remind us of Bruce Lee...!  While in Japan, Rene also tried 'Judo' against his father Jean Rock Simard!
 

  映画の後は、食事。レストランへ!何を食べようかな。。。僕の好きなラザニアか。。チキンサンドイッチはあるかな?(私の勝手な想像です。)

"It's a meal time after the film! What shall I eat...  do they have my favorite lasagna or  chicken sandwiches?" (again, I am only guessing what Rene has thought...)

食事が終わったら。。。そうだ!パスポート写真を撮ろう!また日本に行くから、余分にパスポート写真を持っていた方がいいからね。(これも勝手な想像をしております。)よく見てみると。。。ロメオくんと二人で撮ってあるようですね。今ならもっとルネは、プリクラなども楽しめたでしょうに。

次は買い物!


そしてテイータイム。日本のファンに手紙を書こう!

 それから、レコードの打ち合わせ?



では、ルネがフランスで出していた曲を少し聴いてみましょう。



 maman, laisse moi sortir ce soir
(ママ、今夜遊びに出かけてもいい?)1975



この画像は、以前にお話したことがある私たちがしていた手作りのルネのファンクラブ「ボンジュールルネ」の会誌第2号(1978年7月号)のあるページ。このページの上のほうにあるのは、そのころルネの事務所がしていた英語でのルネシマールファンクラブに入会したときのルネからの「ようこそ」というようなメッセージの最後の部分。これは、ルネの手書きのものですが、もちろん印刷されてあったものでした。そして下の部分にあるのは、そのファンクラブから送られて来たこれまでのルネについてのお話の部分の日本語訳をしたもの。この始めの頃に、フランスでのルネのことが少し書かれていたことを思い出したので、この画像を紹介いたしました。日本を離れて、ロサンゼルスで英語やダンスを勉強していたり、全米進出をめざし、有名なテレビショーに出ていたことも紹介されていいます。それにしても、このルネは、かわいらしいと思います。これは、たぶん旺文社の学習雑誌にでていたルネのように思いますけど。「ママ、今夜遊びにいってもいい?」という曲は、フランスで、ゴールドレコードという賞に輝いたと書かれています。

ところで、フランスにもルネのファンクラブがあったそうです。ローラさんにこれらの切り抜きなどを譲ってくれた女性もファンクラブに入っていた人だったそうです。最初の頃の名前はフランス語だったそうですが、そのあとは、Club Rene Simardという名前だったとローラさんは、聞いているそうです。Club Rene Simardと言えば、フェイスブックには、この名前のルネのファングループもあるんです。Passion Simard は、やく2千人ぐらいだったと思いますが、このClub Rene Simard は、350人ほど。アメリカやカナダの英語圏のファンも多いようです。なぜか最近、何の連絡もないままに、このグループの代表のうちの3人のうちの1人に昇進?させていただいたようで驚いています。



その他の曲は。。。


la monde de walt disney ウオルトデイズニーの世界(1974)


Merci ma chance チャンスをありがとう(1974)
これは、「ウオルトデイズニーの世界」のB面の曲でした。


Les petites filles modeles (girls models) (1974)




une maman c'est toi (mother is you) (1974)
この歌が、les petites filles modelesのB面だったと思います。


最後に、ロメオくんとルネが、1974年の3月には、もうお友達でいたことを示す新聞?と雑誌の切り抜き画像です。ローラさんも言っていたように、ルネは、74年の始め頃から頻繁にフランスに出かけていたのですね。そして6月には、日本。第3回東京音楽祭。この年の12月3日に、パリのオリンピア劇場で、Daniel Guichardのコンサートの最初のパートでルネがステージに立ったのです。

まずは、オリンピア劇場で歌うルネの画像から。



 Daniel Guichardと


オリンピア劇場のルネの名前


ロメオくんの記事


ルネの記事



ルネが日本とフランスを忙しく駆け回っていたことは知っていましたが、この記事で紹介したローラさんがフランスから取り寄せたという画像を見るまでは、ルネが実際にフランスでどのような様子でいたのか知ることはできませんでした。38年も!!昔むかしのことなのに、38年後にこのルネの様子が分かったということが嬉しくて仕方がありません。ローラさんもフランスでの記事をとても興奮してしまって、二人で夢中でお話しました。ルネのフランスでの画像は、もう少しあるそうなので、ローラさんがそれを見つけたらご紹介したいと思います。


では、フランス パリのルネを楽しんでいただけましたように! 



25.11.12

懐かしい頃 Bonjour Rene会誌 No.3 抜粋


Bonjour Rene (ボンジュールルネ)会誌 No. 3  Summer 1979

今週の記事は、何を書く事にしようかとずっと考えていましたが、なかなか決まらずにいましたが、私がルネのファンのみなさんと作って活動していた「ボンジュール ルネ」というファンクラブの3冊目の会報からの記事を紹介してみようと思います。





 日本に戻った際に、実家に置いてあるルネ関係の物を写真にできるだけまとめてきたので、時々その写真を眺めることが多くなりました。すっかり忘れていた物、事柄などたくさんあるようです。その中で、なんだか結構忘れていたものに、この会報の記事がありました。この会報No.3 の記事の内容は、FM福岡のラジオ番組で流されたルネについての放送のこと、それから、この時期にルネがホストをつとめていたルネシマールショーのことについてです。なぜ、1冊目じゃなくて、3冊目を?というと、この会報を読んでいたら、先々週まで続いていた「モントリオール1985年の夏休み」の最終回の記事の中で、このファンクラブを通して活動していたことのことに少し触れていたことを思い出しました。そして、この事に関係して、83年にルネがやっと来日した時の複雑な気持ちについても書いていたからです。

「ボンジュール ルネ」とは?

このファンクラブのこともずいぶん忘れていた事がありました。このクラブは、私が主催していたものでしたが、このファンクラブがスタートする一年前くらいに、福岡のファンが中心として作っていたファンクラブ「メープルメイツII」がありました。このメープルメイツIIの代表の方と連絡を取り合って強力しながらスタートさせたという状況だったらしいです。そしてメープルメイツIIは、会報を3冊ぐらいだして、その後、「ロワゾウ」というファンクラブになり、その「ロワゾウ」も、この1979年に終了、そして新しいファンクラブを私たちと一緒に作って再活動をするというようなことになっていました。そしてその後、再活動は、メンバーの大学入学、新しい生活がスタートしたという状況のため、そのまま打ち切りになってしまったと考えられます。



では、この会誌の最初のページから、途中の記事まで見て行きましょう。この時、私は大学一年生だったと思いますけど、文字がとても幼くて、英語の訳もなんだか怪しげという感じで、とっても恥ずかしいです。けれども、その恥ずかしい気持ちをおさえて。。。お見せいたします。画像をクリックすると、記事を読む事ができると思いますので、内容をここに書き改めません。



このページの初めに書いてある通り、この時期は、ルネの状況が少し分かってきたような時でした。ルネは、カナダの英語圏とくにブリッテッシュコロンビア州のバンクーバーのCBCスタジオで、1977年の秋から「ルネシマールショー」をスタートさせて、とても忙しく活躍している頃でした。そして、その最初の記事は、FM福岡のラジオ番組で、ルネについてのことが放送されたことについて。後で、この番組の井上さんという方から、この放送で使われたというレコードを送っていただきました。放送では、カナダに住む重松美子さんという方が、ルネの人気について、日本語でレコードに録音したものを使ったそうです。制作したのは、ラジオカナダインターナショナル。タイトルは、「ルネシマードの人気」 で、録音時間は、4分25秒。



FM福岡から送っていただいたレコード
(実際の音源をどうにかして、録音してくるべきでした。残念!)



 2ページ目。「ルネシマードの人気」の続きです。


 3ページ目。FM福岡にCBCから送られてきた、「ルネシマールショー」についての記事とルネの画像です


 4ページ目。「ルネシマールショー」の記事の続きと、ショー自体のプロモーション用の記事。下にあるルネの画像は、カナダ大使館広報部にいらっしゃった吉田さんがバンクーバーに仕事で行かれた時に、テレビに写った「ルネシマールショー」のルネを写真におさめて送って下さったもののコピーです。


5ページ目。最初にあるのは、「メープルメイツII」(でもこのときは、すでにロワゾウと名前を改めていました。」の代表の方のメッセージ。このFM福岡で放送されたことや、「ルネシマールショー」の資料についてのことを書かれています。

そして、2つ目の記事は、シックステーンというアメリカの雑誌に掲載された記事が、日本でも創刊になったシックステーンの雑誌に掲載されたルネの記事。でもルネの記事というより、これは、モントリオールにワールドツアーで立ち寄った、レイフギャレットが、ルネの番組に出演したという内容の記事です。画像をクリックすると読めると思うので、ここに改めて書き直しません。この記事を発見した時の感動は!それは、もうとても嬉しかったことを覚えています。



 6ページ目。これは、とっても見にくいというより、見えないと思うのですが、この会報より前の会報に載せた、Macleans という 雑誌の中で紹介されたルネの記事がありました。大使館の吉田さんが送って下さった記事でした。その後、この雑誌社にお手紙をさしあげていたので、その返事をタイプしたものだと思います。その時、ルネの資料などを送って下さったと思うのですが、それがこの画像であったかどうか、記憶があいまいです。この画像自体は、ライブ盤のレコードにもなった a la place des nationというコンサートのステージのルネという感じがします。



 そして8ページ目。ここに書いてあることを読むと、83年に来日したルネを見て、言葉にはできないくらい嬉しかったけれど、それと同時にとても動揺してしまった気持ちが、この記事を読んでいて下さっている皆さんには、わかっていただけるかもしれません。
 83年は、この記事を書いた4年後ということになります。

 FM福岡が手に入れたと思われるCBCテレビからの「ルネシマールショー」のポスターのコピー。FM福岡からいただいたものか、それとも「ロワゾウ」の代表者の方からいただいたものか。。。


 「ルネシマールショー」のポスターコピー。この画像は、ルネがラスベガスのヒルトンインターナショナルホテルで 1976年の12月、アメリカのピアニスト、エンテーテイナーであるリベラーチェ(Liberace)とのステージでのルネだと思います。この時期にあった、ルネのファンクラブの資料によると、ルネは、翌年、リベラーチェといっしょに、フロリダ、アリゾナ、レイクタホなどでステージに立ったそうです。




 これが、そのラスベガスでのステージ。ピアノを弾いているのがリベラーチェ。画像は、25周年記念に発売されたCD集のCollection 25 ANS de carriere  2枚組に入っているブックレットからです。ルネは、Macleans (1977年、9月19日号)の記事の中で、このリベラーチェとラスベガスでのステージのことをこのように言っています。 

Macleans: You're the first Quebecois to ever play in Las Vegas. That must have been satisfying."
Rene: That was lots of fun.  Mr. Liberace was like a grandfather to me - always trying to help."



このポスターと全く同じ画像が25周年記念の2枚組のCDのブックレットにも入っています。


Gloria Loringは、アメリカの女優、歌手



「ルネシマールショー」ポスターコピー


紹介した画像の質は、あまりよくありませんでしたが(昔むかしのものですから)、ルネがなんとか日本のファンと連絡を取り合う事ができるようになって、ルネの様子がもっと簡単に分かり、ルネの来日の夢が叶う日を夢見ていた自分の姿、そしてこの記事を読んで、同じ気持ちでいたルネのファンの姿を懐かしく思い返すことができました。メープルメイツII 、ロワゾウで一緒に熱くルネへの気持ちを語り合った方たちとの出会いが、また叶いますように願っています。お元気でいらっしゃるでしょうか。

記事に書かれていた事を、もう一度書き直しませんでしたが、判読できましたように!






26.8.12

モントリオール1985年の夏休みーその19(Ottawa 1)

 先々週のあらすじ

今週は、先々週の記事の続きのお話。その記事は、モントリオールのルネとナタリーのファンクラブ(インターナショナル)のオフィスで、そこで働いていたニコルさん、ヘレンさん、そしてファンクラブの会長として仕事をされていたジャンピローテさんと会ったことについてでした。そのジャンさんに、数日後にナタリーとルネのコンサートが2晩、オタワであるということを知らされ、そのコンサートに招待していただけるというところで記事は終わっていました。

オタワへ




オタワ (Ottawa)は、バンクーバーからモントリオールまでの大陸横断鉄道で、通り抜けていたと思っていましたが、路線をもう一度見てみると、オタワは含まれていなかった事に気づきました!だから、ルネのコンサートを見るためにオタワに向かったのが、オタワとの最初の出会いだったのだと思います。

オタワまでは、モントリオールから数時間かけてやはりVIA Canada Railで出かけました。まだパスが有効でしたから、お金をかけずに行くことができました。オタワは、ご存知のようにカナダの首都。ルネのコンサートが開かれたのは、National Arts Centre (NAC)というパフォーマンスセンター。この会場からチューリップとroyal mounted policeで有名な国会議事堂は、すぐそこでした。国会議事堂もNational Arts Centreもその横には、Rideau Canalという運河がながれていて、河川敷は、コンクリートできれいに整理されていて、素敵な地域でした。運河には観光用ボートが浮かび、それにのって付近を観光もすることができ、そして運河に沿って、しゃれたレストランやショッピングモールなどが並んでいたという記憶が強く残っています。


 National Arts Centre (NAC)

それまでオタワには、大きな劇場がなかったために、オタワ市がカナダ政府に市庁舎が建っていた土地を寄付してこの劇場の建設が進められたそうです。1963年から計画が進められ、46億カナダドルの費用をかけて建設され、1969年6月2日にオープンしたこの劇場は、2006年からカナダ国定史跡の建物に指定されています。


  
The NAC is Born - 02.06.69 - Le CNA est né (youtube)

National Arts Centreが出来るまでの興味深いビデオを発見!この劇場の歴史を感じさせませすよ。ルネとは直接関係ないんですけれど!


 National Arts Centre Ottawa, Canada (youtube)

このビデオは、ちょっと古そうですが、それでも劇場の内部などを見ることができます。入り口付近は、とてもなつかしいです。まさしく、私が入って行った入り口です。その付近には、ルネとナタリーのコンサート用のポスターが貼ってあったと思います。大きい物ではなくて白黒のB5くらいのサイズでした。そのポスター、実はけっこうたくさんいただいてきてしまいました!それは、来週お見せいたしましょう。








 photo@national arts centre



このNational Arts Centreの写真が、私が覚えている劇場のイメージにとても近いです。夏の季節に撮られた写真だからでしょうね。


左上に国会議事堂の建物が見え、その下に少し写っているのが、National Arts Centreです。
「Centre? 変なスペルじゃないの?」と思われている方がいるかもしれませんが、カナダもそして私の住むニュージーランドも使われている英語は、イギリス英語。だからスペルも日本で学ぶアメリカ英語とはすこし違っているものがあります。このcentre(センター)もその一つ。centerではなくて、 centreです。 


Rideau Canal (youtube)

運河のビデオ。この運河は北アメリカで一番最初の作られた運河であること、冬になると凍結し、世界で一番大きなスケートリンクになること、その大きさは。90ものホッケーリンクの大きさと同じであることなど説明しています。

私が宿泊することにしたのは、この劇場の近くにあったYWCA。 YMCAの女性版です。安くてきれいで劇場にも近かったところだったと思われます。そして着いたその夜にルネとナタリーのコンサートの一日目があったと思います。そしてコンサートが終わってからの一日か二日ぐらい、国会議事堂またその周辺の観光をいたしました。ショッピングモールでは、ルネのレコードをレコード屋さんで見つけることも普通にできるという嬉しさもモントリオール同様に味わいました。

コンサートの様子、そしてその時の自分の気持ちを落ち着いてじっくり書きたいと思うのですが、今日は、なんだかその気分になれません。そんなふうに書ける時間がないこと、そしてその記事を書いたら、今までしばらく続いてきた、「モントリオール1985年の夏休み」の記事 が終わることなどを考えると、やはり最後は、もっときちんと書きたいと思うのです。

ということで。。。国会議事堂周辺を観光した時の写真があるので、 それをアップして今週の記事のしめくくりを始めましょう。


帽子をかぶって、水色のシャツを着ているのは、国会議事堂でガイドツアーをしてくれたおじさんだったと思います。グループに分かれてのツアー。おじさんと私がいるのは、たぶん一番高いところにある時計塔の場所。写真は、モントリオールへの旅行アルバムからの一ページを写したものです。


          
         Parliament Hill Ottawa, Canada (youtube) 



  
Et tu dances avec lui (youtube)
1985年の発売されていたルネのアルバム Et tu dances avec luiのプロモーションのビデオの用です。もうすぐコンサートでこのようなルネの姿を観ることができるのですね!コンサートのステージに現れたルネは、本当にこのようなまだ若いルネでした。24才のルネですね。(ということは、83年に日本に来たルネは、22才。。。うーん、若かったんですね!)

先週末から今週は、うちの猫のことばかりで大変だった気がします。おかげさまで今は落ち着いています。最後に、最近、フェイスブックのpassion simard のページで紹介された、ルネのファンからのリンクの画像があります。ルネとレジスがそれぞれに犬と猫を抱いている昔懐かしい写真です。ルネは、なんだかナタリーに良く似ていて、そしてレジスはお姉さんのリンによく似ている感じがします。 ルネの犬や猫が病気になった時には、やはりとても心配していたのでしょうね。でも、現在のルネは、猫アレルギーとかで、猫は(たぶん犬も!)飼っていないとのこと。

 では、また来週!

 photo@passion simard





5.8.12

モントリオール1985年の夏休みーその17( Fan Club International Rene & Nathalie)



 コメデイミュージカル「雨に唄えば」その後


ルネの「雨に唄えば」いよいよステージが後半に入ってきましたね。Passion Rene Nathalie et Regis Simard (facebook page for public)で紹介されたばかりの雑誌 Allo vedettes8月号の記事の画像です。ルネを見て下さい。余分な(!)贅肉もすっかりとれて、すっきりさわやかなルネの姿。このステージ観たルネのファンのニコルさんも、このルネの姿に見とれたそうです。姿ばかりでなく、唄、ダンスのすべて!ルネの「一番」の瞬間がたくさん続いて、ルネがとても輝いているステージだったと言っていましたが、このルネを見て、私もそのステージが想像できるようです。

1ページ目の見出しの訳:
「雨に唄えば」のステージに感謝。ルネシマールの素晴らしい年月
特に2012年は、ルネシマールの年であると言えるだろう。映画「雨に唄えば」のコスモブラウン役のドナルド オコーナーも人気があったけれど、ルネもステージを観たほとんどすべての人々から絶賛された。51才の歌手、そしてダンサー(のルネ)にとって、このステージを披露するタイミングは、パーフェクトだった、そうでなければ、ルネは、このような、素晴らしいパフォーマンスを見せる事はできなかっただろう。」

(ルネの奥さんの)マリージョセも、ルネのステージをとても喜んでいる。



Just for Laugh フェステイバル(ルネのステージは、このフェステイバルの参加作品)から8月4日にアップされた「雨に唄えば」のステージのプロモーションビデオです。今までに見た事が無かったルネのステージのパートを観ることができますよ。


Chantons sous la pluie 



では、今週も、暑い1985年のモントリオールの夏へ出発です!先週お話した、ルネのレコードの配給会社であるDistribution Selectへの訪問が終わってから、モントリオール大学の学生寮の自分の部屋で、「モントリオールにいる間に、絶対しておきたいことは?」と自分との対話をしていました(大げさな。。。!)そして、ルネのファンクラブの事務所に行きたい!という自分に、もう一人の自分が、「そうね!ルネとは会えなくても(会いたいという気持ちは不思議なことになかったのです。ルネを遠くで見ていたいというような先週お話した複雑な気持ちでいたからです。)、ルネのために仕事をしているファンクラブの事務所の人たちに会って、ルネの近況などについて話したい。」という返答をして、この計画が実行されることになったのでした。

その時、ルネのファンクラブは、以前のようなルネだけのファンクラブではなくて、ナタリーと一緒のファンクラブへと変わっていました。ファンクラブの名前は、Fan Club International Rene & Nathalieでした。

そのファンクラブについて、その時私がわかっていたことは、電話番号のみ!うーん。。。住所は。。。分からなかったんです。というか、ファンクラブの住所は、私書箱システムでしたから。それで、どうしたかというと。。。ご想像どおり、電話をするしか方法がありませんでした。電話に出たのは、女の人。英語は片言という感じの人。そして私は、英語のみで、フランス語はほとんど分からずという状況でした。。。とりあえず、私のリクエストをお話して。。。「日本からこの夏だけモントリオールに来ているルネの日本のファンです。是非、ファンクラブに行って、お会いして、ルネの最近の様子などを知りたいのです。もうすぐ、日本に帰らなくてはいけないので、よろしくおねがいします。」ようなことを熱意を込めて!(爆)学生寮の壁を見ながら、電話口に向かってお話ししていました。その電話も、学生寮の廊下に設置してあった公衆電話でしたから、小銭をたくさん用意して!今思うとほんとうにシンプルな時代というか。。。なにごともマニュアルな時代でした。テレフォンカードも、携帯も、何もなかった。。。


 Fan Club International vol2 no.3 Feb 85
ファンクラブの雑誌、85年2月号からのルネのポスター


その女性は、ニコルさんと言う人でした。(先ほど話していたルネのファンのニコルさんとは、全く別の人です。)ニコルさんは、「ファンクラブがある場所は、ファンには、絶対秘密なので、来ることはできませんよ。どうしても住所を教える事はできません!だめ!だめ!」と、いいながらも、ずっと私のお話を聞いてくれていました。だめよ!と言った後に、電話を切ってしまうことも出来たはずなのに。私も、一度は、やはり、だめなのか、そうだろうなあと考えて、あきらめようかと思ったのですが、モントリオールまで来ていて、こうしてルネのために仕事をしている人とお話をしているのに、絶対自分の「切実な気持ち」を分かったもらいたいと考え直して、ルネのファンになった頃からのお話、ルネが日本に来なくなってからの悲しかった気持ち、ルネにずっと手紙を書いていた事、ファンクラブを作っていたこと、そして、83年に東京で「会った」のではないけれど「見た」ルネ のこと、ナタリーのことをお話しました。そして、ずっと憧れていたカナダに来ることができたこと、BC州から長い時間をかけて、カナダという国を見ながら、ケベックに来て、オルレアン島にも行ってみたこと、そしてモントリオールでの話。でも、もうすぐBC州に戻り、それから日本に帰ってしまうこと。。。(長いながいお話でした。。。)だから、絶対!ご迷惑がかかってしまうことを承知の上で、お願いしたい。訪問させて下さい!と、お願いしつづけたのでした。。。若かったというかクレイジーでした。


  photo@patof facebook

フェイスブックのPatofのページで紹介されたルネとピエロ。このピエロは、1972年頃からケベックで放送されていた番組で人気があったキャラクター。ルネとも仲良しでした。今年、40周年記念だそうで、フェイスブックのページでも昔の写真など紹介しているようです。その中からのルネとの記事。ルネは、もっと多くのファンを持つために「子供」の時代に仲良くなったピエロとのさよならをするというような内容の記事です。

 photo@patof facebook

 ルネとレジスとピエロ。ルネがやんちゃな表情を見せていて可愛らしい!



そんなクレイジーな私に、ニコルさんも根負けしてしまったのでしょう。。。(ごめんなさい、ニコルさん!)やっと、ニコルさんからのオーケーが出たのでした!お願いしておきながら、そのオーケーの返事に耳をうたがったのでしたが、そのあとは、ニコルさんがゆっくり、ファンクラブの事務所への行き方を、教えてくれるのをメモして(指が震えていたのを思い出します。)いました。ふう。。。この時のことを思い出してみると、今も肩に力が入ってしまいます。(笑)

そして、その後、その日のうちに、そのメモを頼りに、地下鉄を使い、バスを使い、ようやく、その事務所にたどりつくことができたのです。


ファンクラブの事務所は、ビルの一室にあるのだろうという私の予想とは違って、住宅街にありました。かわいらしい一階建ての家。その入り口のドアをコンコンとノックすると、ニコルさんともう一人の女性のヘレンさんが、満面の笑顔で気持ちよく迎えてくれたのです。この写真は、ニコルさんと、ファンクラブの事務所で。自分の顔をケアベアで隠して、ニコルさんのお顔を隠さないのは、ちょっと悪い気もいたしますが、かわいらしいニコルさんの姿を皆様にも、おみせしたいと思いました。ニコルさんの後ろの壁にかざってあるのは、ファンクラブで発行していた雑誌です。この雑誌は、A3のサイズのものもあって、小さいサイズでもA4サイズだったので、日本のこのような雑誌と比べると大きくてびっくりしました。後ほど、それまでに発行されていたファンクラブの雑誌を全部プレゼントしていただいて、大切に日本に持ち帰りました。先日、この雑誌を日本から送ってもらったので、来週紹介いたしましょう。このブログを通して、85年に感激してページをめくったファンクラブの雑誌について、またお話できて、嬉しいです。そして懐かしいです!


 ニコルさんと



いただいたファンクラブの雑誌

青い背景にタキシード姿でたたずむルネは、ファンクラブの雑誌ではなくて、20才のころに、ルネが un homme/レデイメアリーという曲の入ったシングルレコードと一緒に送ってくれた、ルネのコンサートからのパンフレットです。これは、ルネが成人となったことを記念してのコンサートと曲だったと思います。(はい、レコードとこのパンフレットをルネの短い英文でのメッセージと共に、手にしたとき、もちろん、感激で泣いてしまった事は、ご想像どおりです!)


 
この事務所でのこの後のお話は、来週に書きたいと思います。今日は時間がありません!ごめんなさい。でも、来週を楽しみにしていてくださいね。




29.7.12

モントリオール1985年の夏休みーその16(Distribution Select)




ロンドンオリンピックがいよいよスタートしましたね!開会式は、こちらの時間で、朝の7時からの放送、実際には8時に近い時間でしたから、日本では午前5時!うちの母は、早起きして最初から見たと言っておりました。イギリスらしい演出でしたね。ジェームズボンド、エリザベス女王、ミスタービーン!そして最後のポールマッカートニーのHey Jude.その歌を歌うポールの姿をみながら、いつしかルネのことを考えていました。

これは、オリンピックが来るたびに、胸が少しだけツンと悲しくなることに関係しています。1976年のモントリオールオリンピックの公式テーマ曲は、ルネの英語とフランス語での 'Welcome to Montreal'でしたが、当時の複雑な状況のために、メデイアから受け入れられず、その歌をテレビやラジオで流される事もあまりなく、そのような時に使われた歌は、別にコンテストで選び、流していたらしいです。ですから、ルネは、モントリオールオリンピックの開会式(また閉会式でも)この歌を披露することは、無かったのでした。このことは以前にこのことについてたくさん調べて、詳しく書いてありますので、興味のある方は、過去の記事をご覧になって下さい。またブログ「ミドリ色の屋根は永遠に」のkeiさんもこのテーマに関してたくさん記事を書かれているのでお読みくださいね。




また、この数日の間に、このルネのオリンピックテーマ曲についての状況などが書かれたサイトがあります。書いてある事は、私が調べたと同じ内容なようです。フランス語ですが、英語または日本語への翻訳サイトを使ってお読みいただけると思いますが、「ああ、これってしらなかった、そうだったのか!」という目新しい情報はなくて少しがっかりという気がしました。
 


モントリオールに滞在中には、もちろんこのオリンピック会場跡地に出かけ、この会場のどこかで、ルネは、あの歌を歌ったのだなあと胸をいっぱいにしてオリンピック会場のガイドのお兄さんのあとを歩いていたのでした。そしてその会場の空気を胸いっぱいに吸い込んで。。。その頃は、ルネが実際に歌わなかったことなど全く知らなかったのですから。。。だから、オリンピックの開会式を見るたびに、誰かがそこで歌を歌うたびに、私はルネを想うのです。

モントリオールオリンピックスタジアム


モントリオールオリンピック開会式




Golden Best Limited: Rene Simard  



 それから、ソニーミュージックオーダーメイドファクトリーのサイトで、ルネのcdのアンコールプレスのリクエストが行われているようです。買いのがしてしまった方にとっては、とても嬉しいことですね。リクエストがたくさん集まってアンコールプレスが実現できたら、また素晴らしいことだと思います。一人で一回だけリクエストができます。






さて、今週のメインの記事の予定は、モントリオールのルネのレコードの本拠地に出かけた内容でしたね。たとえモントリオール市内のレコード屋さんやセカンドハンド、チャリテイのお店をまわっても、ルネのこれまでのレコードをすべて購入できるということではありませんでした。みなさんもご存知なように、85年といえども、ルネは、もうすでにたくさんのレコードを出している長いキャリアをもっているベテランなのですから。

そこで私が考えたのは。。。先週もお話していたように ルネやナタリーのレコードの配給会社へ行く事!でした。レコードや、レコードジャケットに書かれてあることを見ていて、この配給会社の存在に気がついたのです。今思えば、どうしてルネの事務所に直接問い合わせをしたり、行ってみたりしようとしなかったのか、ちょっと不思議に思うのですが。。。その時の私は、ルネが日本にいる時よりも近い場所に存在しているのに、その場所には行きたくないというか、そっとしておきたいというような。。。そんな気持ちがあったのかもしれません。それは、きっと83年に会ったというか、「見た」ルネの姿や雰囲気が私をそうさせたのだと思います。ルネは、もう無邪気でかわいらしかったあの小さなルネではなく、そういう時代が終わって新しい世界で生きているのだという強烈な感じを胸にドーンと感じていたからなのだと思うのです。。。なんだか複雑そうな話ではありますが。。。今、こうやって自分のあの時の気持ちを分析してみようとすると、私の胸の中はこんな感じだったのだと思います。ふうう。。。説明するのはむずかしいですね。



とにかく、そのレコード配給会社は、「モントリオール大学からかなり遠かった!」「見つけるまでにすごく時間がかかった!」という記憶があります。事前に、電話もせず(たぶん)、そこへ行くまでの交通手段もよくわからないままに、とにかく出発して。。。バスに乗ったりしましたが、たくさん歩いた記憶もあります。しかも炎天下の中!探すのは、住所だけがたよりでしたから、その近くの住所までバスで行き、そこから歩いてどうにか探したのですが。。。きちんとした通りや人があるくところではないようなところも歩いていたような(えええ!なにをしていたのでしょうか。。。)人が歩くスペースもなくて車がビュンビュンはしっているところをガードレールにたすけられながらあるいたというか。。。とにかく住宅街とか街の中ではなく、工場地帯のような。。。そんなところを暑さでヒーヒーいって、汗を拭きながら、はやく見つけようと、一生懸命あるいていました。自分は、ここを歩いていたら一体どこへいってしまうのかと不安でしたけれど、最後はついにこの配給会社、Distribution Selectへ到着!

今もこの配給会社は存在しているようです。そして住所もかわっていないような気がします。そこでグーグルマップで自分が歩いたというか。。。モントリオール大学から徒歩でその会社までどのくらいで行けるか興味があり調べてみました。。。結果を見て下さい。。


ええ!なんと。。。車だと15分、徒歩で32分ぐらい。。。途中、歩道がありませんから気をつけることという注意もありました。うーん。。。85年当時と同じところなのでしょうか。建物を探したくてストリートビュー、イメージサーチもしてみましたが、同じ住所で同じ電話番号でレコード、cdなどを扱う大きなお店がありました。。。ミステリアスですね。。。でも、周りの様子、建物など、85年当時とはまったくちがっているようです。私が見た範囲では、建物は、結構こじんまりとしていてレコードをしまっておく草このようなものがあって、ロビーには、螺旋階段があり、その下に受付のデスクがあったり。。など。。うーん、とにかく、いろいろいっているよりもその時の写真をお見せした方が雰囲気が分かりますね。


Distribution Select


建物を入ってロビーを抜けると、すぐにこの受付のようなところがありました。ロビーのところには、螺旋階段があり、その辺りの壁に「ゴールデンデスク」などが飾られてありました。ルネのものではなかったと思いますけど。。。この写真のルネのレコードジャケットが飾られている壁の後ろにあるのがその螺旋階段の一部。ルネのレコードジャケットは、この時にとてもヒットしていたcomment ca vaというアルバムです。これは、前年の84年からヒットしていたアルバムで、その中でもとてもヒットしたこの曲comment ca vaで(アルバムと同じタイトル)ADISQ (Association du disque, de l'industrie du spectacle québécois et de la vidéo) という、ケベック州で活躍する歌手、芸能、映画などで活躍する人で構成される協会(1977年に創設)から、Félix Awardというレコード業界で活躍した人に贈られる賞を受賞しています。(過去の記事リンク



comment ca va


comment ca va 
ルネが一体何人のファンにキスされているか数えてみるのも面白いビデオです。。。!


Salut Capitaineという曲も、モントリオールでの思い出の曲ですが、これもこのアルバムに入っています。このアルバムに入っている曲は、みんな特別なのですが!シャンタル博士のサイトで聴いてみて下さいね。

Salut Capitaine

それから、この曲も!




ここに立っているのは、私なんですけれど、その当時カナダでも、とても人気のあったケアベアの顔をお借りしています。。。(笑)そしてその後ろの壁一面にあるのが、85年に発売されていたナタリーのアルバム' Nathalie Simard, Mes Amis Les Calinours'  どちらかというと、このときは、ルネよりも断然人気のあったナタリーでしたから、このアルバムの飾ってある数もルネよりも多かったのでしょうか。。。このアルバムに入っていた曲は、ケアベアと歌う曲や、スヌーピーなどのとてもかわいらしい曲が沢山入っていました。先週の記事で書いた「ナタリーの村」というテレビ番組の中でもこのアルバムに入っていた曲をよく歌っていたようです。



最初の曲(アルバムのタイトルでもあります)がとても記憶にあって大好きな曲でもあります。ナタリーの曲は、日本のルネファンには、あまり聴く機会が少ないと思うのですが、デビューの頃から、よく聴いてみると、たくさんいい曲を歌っています。ルネが歌っていた曲を歌ったり、だれかの曲を歌ったり、オリジナルという曲はあまり無いのですけれど、ナタリーの声にどれもあっていて、ルネの妹として見るだけではなく、ほんとうに歌の才能のある人なのだなと思うのです。ルネの妹でなくても私はナタリーの歌が大好きです。

この曲、mes amis les calinoursを聴いて見て下さい。シャンタル博士のサイトからです。







このアルバムもルネのcomment ca vaももちろん購入させていただきました。もう、その時には持っていたと思うので、ここでは、買わなかったかもしれませんけれど。


ナタリーとルネのレコードジャケットの間でもう一枚撮っていただいた写真です。
私の腕と足の日焼けした色を見て下さい。すごいですよね。まっくろ!といっても言い過ぎではないような色です。このモントリオールへの旅、そして到着してから、ずっと炎天下、歩き回ったり、自転車で動き回っていたのですから。この写真を見ると、若くてすごく元気だったのだなあ。。。と思い出の中にまたもどることができるようです。


ここでは、一応自分のことを少しお話して(笑)。。ようするにルネのファンで日本から来ている事など。お水を頂いたり、お話を聞いていただいたりした後に、倉庫のようなレコードを保管しておくところに連れて行って下さって、ルネのレコードを思い切り探しなさいなどのようなことを言われて、探したのです。ここで見つけたレコードがなんだったのか覚えていませんが。。。(いつもですよね。。)とにかくナタリーのレコードも含めてたくさん探せたような気がします。お金は。。。もちろん払ったと思います(!)


よく覚えているのは、84年にナタリーが出していたアルバム、Chante Avec Nathalieのこと。これもすごくかわいらしい曲で、ナタリーがいろいろな物語のキャラクターについての唄を歌っています。最初にある曲は、Monsieur Fred Hamsterという曲なんですが、このフレッドという名前のついたハムスター(タキシードをいつも着ていて、帽子、ステッキなど、紳士てきなハムスター!)とナタリーが二人で歌うんです。そのアルバムを宣伝するために用意してあったナタリーとハムスターフレッドの等身大の固いカードボードでできたスタンドをいただいてしまったんです。すごい重いんですけれど。。どうやって大学の学生寮まで持って帰ったのか謎です。


 
 photo@ebay

 これがそのアルバムのジャケットの表紙ですが、まさしくこのポーズの二人のカードボードでした。途中、ショッピングセンターらしきところで休んでいたときにも目立って仕方がありませんでした。トイレに行くにも、これをどこに置いておいたら良いかなど。。(爆)うーん。。。一人で珍道中していた様子が目に浮かびます。タクシーでも頼めばよかったのに。。。地下鉄でも一目を引いていたのは、想像ができると思います。みんなこれが欲しくてたまらないっていう感じで。。。!ゆずってほしいとかいろいろ言ってくる人もいたりして、コワかった思いもいたしました。




 マリエルさんがアップしているナタリーとフレッドハムスターの唄です。かわいいですよ!ムッシューハムスター!

 photo@ebay

 このアルバムの中身です。中開のページがありました。かわいらしいでしょう?そしてピノキオ、ハムスター、そしてみつばちマーヤ、バーバーなどもいて、そのキャラクターたちの曲が入っているんです。

というわけで、なんとか学生寮に到着して、この「ルネのレコード探しのすごい冒険」の一日は、おわったのでした。 ルネのレコードがメインな一日のはずだったのに、この日は、やはりナタリーとハムスターフレッドのボードのせいで。。。ナタリー一色になってしまったようです。


 冒険の一日、みなさまにも楽しんでいただけましたように!
では、また来週です。来週もモントリオールでのこと。また「冒険」がスタートするかもしれません。